3-6:麗しき窓辺の亡霊
ヒロイン
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図書室の中は真っ暗闇だった。先程まであったはずのぼんやりとした光もない。目を離したほんの一瞬で跡形もなく消えてしまった。
まさか本当に幽霊が?
ありえない。そんな非科学的なことがあってたまるかと、ツォンは気を強く持ち、入口から一歩二歩と足を踏み出した。入口から最も近くにあるのは机と椅子だ。よく療養者たちがここに座って本を読んで過ごしている。そして、その先が書棚だ。天井まで届く書棚は、いずれも本がぎっしりと並んでいる。ツォンは図書室を利用したことはないが、かなり多くの種類の本があるとヒロインが言っていた。奇跡的にメテオ災害の被害もなかったため、もしかすると世界中で失われた本すらここには残っているのかもしれない。
ツォンは書棚が並ぶ列のうち、最も窓際に近い列に向かった。そこから順に図書室全体を見回れば、何かが見つかるかもしれない。
書棚の間を歩いていると、古い紙の匂いが漂ってくる。決して不快ではなく、むしろ心を落ち着かせる匂いだった。ツォンは肩に入っていた力を抜き、ゆっくりと歩を進めた。書棚の並ぶ列を順にジグザグに歩き、残すはついに最後の列だ。今まで何もなかったこともあり、ツォンはすっかり警戒を解いていた。
しかし、最後の最後で例の白い物が視界の端を掠めた。柔らかな布のようなそれ。それはゆっくりとツォンが向かおうとした書棚の列に消えていった。
ツォンに緊張が走る。深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ツォンは銃ではなくロッドを抜き、書棚の陰から一気に飛び出した。そして、そこにいる白い物に詰め寄った。
「きゃああああああ!」
空気の動きを敏感に察知したのか、そこにいたモノはツォンが声を掛けるよりも早く悲鳴を上げた。その声には大いに聞き覚えがあった。
「…ヒロイン?」
「ツォンさん?」
携帯のライトを向けると、眩しそうにヒロインが目を細めた。
「あーびっくりした。幽霊かと思っちゃいました」
「それはこちらのセリフだ」
ヒロインは白いワンピースタイプのナイトウェアを着ていた。裾はやや短いがフレアタイプで、歩けばふわりと揺れそうだ。どうやら、先程見た廊下を動く白い物は、ヒロインに違いない。そして、ヒロインの艷やかな黒髪を見て、ツォンは全てに合点がいった。
「まさか、幽霊の正体がヒロインだったとはな…」
ツォンが溜息混じりに言うと、ヒロインはきょとんとしていた。幽霊の噂は耳にしていたが、まさか自分が噂の中心だとは思ってもいなかったようだ。戸惑っているヒロインにいくつかの噂話を教えると、心当たりがあったのか、はっとして口元を押さえていた。
「…人魂はもしかしたら、ルーファウスにもらったランタンかも…」
ヒロインが入口の机に置いていたランタンを持ってきた。先程見た光はこのランタンだったのだろう。しかし、まだツォンには疑問が残っていた。
「どうしてこんな夜中に?」
そうヒロインに問うと、ヒロインは困ったようにツォンから視線を逸らし、恥ずかしそうに俯いた。
「前に部屋で推理小説を読んでいたんですけど、レノにネタバレされて…それで、レノがいないときに本を読むようになったんです。今日は続きが気になって…」
どうやらヒロインは、レノがいないときを見計らって本を読み、今日のように続きが気になるときは夜中でも図書室に通っていたようだ。その話を本人から聞いたルーファウスが、ランタンなら光も弱く、休んでいる療養者の迷惑にはならないだろうと考え、ヒロインにランタンを渡したのだという。
これであのルーファウスの笑みにも得心がいく。ルーファウスは話をした時点で、幽霊の正体がヒロインだと気づいていたのだろう。
「あの…本当にすみません!」
本人に悪気があったわけではないが、さすがに無罪放免というわけにはいかない。噂を収めるために少しだけヒロインに泥をかぶってもらうことにした。
ツォンはガウンを羽織ったヒロインを連れ、外で待つ若者たちの元に戻った。そして、幽霊の正体がヒロインであることを告げた。
「ヒロイン…ってレノの彼女?こんな美人なら、落ち着いて夜の生活を楽しみたいってのもわかるな」
彼らは悪気があったわけでなく、ただただ純粋に思ったことを口に出したのだろう。しかし、ヒロインが苦笑いを浮かべつつも、内心大いに怒っているのは伝わってきた。その強く握られた華奢な拳は、恐らく明日戻ったレノに見舞われることになるだろうと、ツォンは確信した。
翌日朝、ヒロインの怒った声がダイニングに響き渡った。しかし、昨日握られたヒロインの拳はレノに振るわれなかったようだ。
口をへの字に曲げ、不機嫌な様子でダイニングをあとにするヒロインと入れ違いに、ツォンはダイニングに入った。
「ちゃんと謝っておけ」
「わかってるぞ、と」
背後でレノが大きな溜息をついた。
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まさか本当に幽霊が?
ありえない。そんな非科学的なことがあってたまるかと、ツォンは気を強く持ち、入口から一歩二歩と足を踏み出した。入口から最も近くにあるのは机と椅子だ。よく療養者たちがここに座って本を読んで過ごしている。そして、その先が書棚だ。天井まで届く書棚は、いずれも本がぎっしりと並んでいる。ツォンは図書室を利用したことはないが、かなり多くの種類の本があるとヒロインが言っていた。奇跡的にメテオ災害の被害もなかったため、もしかすると世界中で失われた本すらここには残っているのかもしれない。
ツォンは書棚が並ぶ列のうち、最も窓際に近い列に向かった。そこから順に図書室全体を見回れば、何かが見つかるかもしれない。
書棚の間を歩いていると、古い紙の匂いが漂ってくる。決して不快ではなく、むしろ心を落ち着かせる匂いだった。ツォンは肩に入っていた力を抜き、ゆっくりと歩を進めた。書棚の並ぶ列を順にジグザグに歩き、残すはついに最後の列だ。今まで何もなかったこともあり、ツォンはすっかり警戒を解いていた。
しかし、最後の最後で例の白い物が視界の端を掠めた。柔らかな布のようなそれ。それはゆっくりとツォンが向かおうとした書棚の列に消えていった。
ツォンに緊張が走る。深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、ツォンは銃ではなくロッドを抜き、書棚の陰から一気に飛び出した。そして、そこにいる白い物に詰め寄った。
「きゃああああああ!」
空気の動きを敏感に察知したのか、そこにいたモノはツォンが声を掛けるよりも早く悲鳴を上げた。その声には大いに聞き覚えがあった。
「…ヒロイン?」
「ツォンさん?」
携帯のライトを向けると、眩しそうにヒロインが目を細めた。
「あーびっくりした。幽霊かと思っちゃいました」
「それはこちらのセリフだ」
ヒロインは白いワンピースタイプのナイトウェアを着ていた。裾はやや短いがフレアタイプで、歩けばふわりと揺れそうだ。どうやら、先程見た廊下を動く白い物は、ヒロインに違いない。そして、ヒロインの艷やかな黒髪を見て、ツォンは全てに合点がいった。
「まさか、幽霊の正体がヒロインだったとはな…」
ツォンが溜息混じりに言うと、ヒロインはきょとんとしていた。幽霊の噂は耳にしていたが、まさか自分が噂の中心だとは思ってもいなかったようだ。戸惑っているヒロインにいくつかの噂話を教えると、心当たりがあったのか、はっとして口元を押さえていた。
「…人魂はもしかしたら、ルーファウスにもらったランタンかも…」
ヒロインが入口の机に置いていたランタンを持ってきた。先程見た光はこのランタンだったのだろう。しかし、まだツォンには疑問が残っていた。
「どうしてこんな夜中に?」
そうヒロインに問うと、ヒロインは困ったようにツォンから視線を逸らし、恥ずかしそうに俯いた。
「前に部屋で推理小説を読んでいたんですけど、レノにネタバレされて…それで、レノがいないときに本を読むようになったんです。今日は続きが気になって…」
どうやらヒロインは、レノがいないときを見計らって本を読み、今日のように続きが気になるときは夜中でも図書室に通っていたようだ。その話を本人から聞いたルーファウスが、ランタンなら光も弱く、休んでいる療養者の迷惑にはならないだろうと考え、ヒロインにランタンを渡したのだという。
これであのルーファウスの笑みにも得心がいく。ルーファウスは話をした時点で、幽霊の正体がヒロインだと気づいていたのだろう。
「あの…本当にすみません!」
本人に悪気があったわけではないが、さすがに無罪放免というわけにはいかない。噂を収めるために少しだけヒロインに泥をかぶってもらうことにした。
ツォンはガウンを羽織ったヒロインを連れ、外で待つ若者たちの元に戻った。そして、幽霊の正体がヒロインであることを告げた。
「ヒロイン…ってレノの彼女?こんな美人なら、落ち着いて夜の生活を楽しみたいってのもわかるな」
彼らは悪気があったわけでなく、ただただ純粋に思ったことを口に出したのだろう。しかし、ヒロインが苦笑いを浮かべつつも、内心大いに怒っているのは伝わってきた。その強く握られた華奢な拳は、恐らく明日戻ったレノに見舞われることになるだろうと、ツォンは確信した。
翌日朝、ヒロインの怒った声がダイニングに響き渡った。しかし、昨日握られたヒロインの拳はレノに振るわれなかったようだ。
口をへの字に曲げ、不機嫌な様子でダイニングをあとにするヒロインと入れ違いに、ツォンはダイニングに入った。
「ちゃんと謝っておけ」
「わかってるぞ、と」
背後でレノが大きな溜息をついた。
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