3-6:麗しき窓辺の亡霊
ヒロイン
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レノたち三人の『より怖い怪談制作』は難航しているらしく、相変わらずヒーリンの野次馬は減らなかった。
その夜はツォンが野次馬対処の係の日だったので、深夜最も人が多くなる時間を見計らって外に出た。
「お前たち、よく飽きもせずに毎日来ているな…」
そこにいたのは、ほぼ毎日やってきている青年だった。何人かの仲間たちと来ているようで、今日も数名見知った顔があった。
「噂によると、昨日また現れたらしいんっすよ。俺たちが帰ったあとに」
それを聞いたツォンは、彼らにわからない程度に眉をひそめた。昨日は彼らが一番最後に帰り、以降、療養所を観察していた者はいないはずだ。つまり、彼の言う『噂』は事実に基づくものではない。「そうだったらいい」という願望がどこかで事実にすり替わってしまったのだろう。
恐らくこの話もいいように脚色されて広がってしまうに違いない。
ツォンは大きく溜息を吐くと、昨日と同じように端的に「帰れ」と集まった若者たちに言おうとした。が、その場にいたツォンを除く全員が全く同じ方向を見上げていた。そこは、療養所の2階。数日前にイリーナが話していた噂話が蘇った。
――療養所の庭から2階を見上げると、右から左に動く影が…
幽霊などいるわけがない。そう思いつつもツォンも皆と同じように療養所の2階の方に視線を向けた。
初めはカーテンが揺れているのだと思った。しかし、それがすぐにおかしいことに気づく。あの窓にはカーテンがない上に、そのカーテンと思われた白いものはゆっくりと右から左に移動していくではないか!
「まさか…」
思わず声を漏らしたツォンに先程の若者が近寄ってくる。
「ほら、言っただろ!?よし、せっかくだから近くで――」
若者たちの数人が療養所に入ろうと入口の方に足を踏み出した。外はともかく、さすがに関係者以外を中に入れるわけにはいかない。ツォンは大股で彼らの先回りをすると、入口前に仁王立ちした。
「この線を越えたら、無事では済まないと思え」
ツォンは地面に一本の線をつま先で書いた。そして、それをつま先で指し示し、若者たちを鋭い眼光で見回した。興奮した様子だった若者たちが一瞬で青ざめた顔をし、その場に立ち竦んだ。
「よし、理解したようだな。私が様子を確かめてくる。お前たちはここで待て」
そう若者たちに言い、再度線を指し示して若者たちが頷いたのを確認し、ツォンは療養所に入った。
深夜の療養所は明かりもついておらず、ツォンは光量を落として携帯のライトを点けた。先程、白い物が歩いていたのは、共用部の廊下だ。療養者が休んでいる場所からは離れており、あの白い物は図書室の方向に向かっているようだった。
そこでまたツォンは余計なことを思い出してしまい、わずかに薄ら寒いものを感じた。思い出したのは、ルードが話していた内容だ。
――黒髪の女が図書室の窓際に座って…
大袈裟に脚色されたものだと思っていたが、いずれも噂の通りで気味が悪い。
ツォンは足音と気配を殺し、2階の廊下を真っ直ぐに進む。図書室まで続く廊下の半分まで来たが、今のところは人の気配がない。もちろん揺れ動く白い物すら見えない。窓の外を見ると、若者たちがじっとこちらを見上げていた。騒いでいないところを見ると、下からもあの白い物は見えないのだろう。
更にもう半分進んだが、変わりはない。見間違いだったのか、それとも、図書室にいるのだろうか。ツォンは携帯のライトを消すと、ゆっくりと図書室に近づいた。
図書室の扉は完全には閉まっておらず、数センチほど隙間が開いている。ツォンはそこから中を覗いた。中は真っ暗闇と思っていたが、その暗闇の中に一つ、ほのかな明かりが見えた。懐中電灯ではない、もっとおぼろげで頼りない光だ。
ふと、ツォンの脳裏にレノが言っていた「人魂」という言葉が浮かび上がる。そんなはずはないと頭を振っても、目の前に浮かぶ人魂のようなものは消えてなくならない。確かにそこにあるのだ。ツォンは一度深呼吸をし、音を立てずに扉を開けると、図書室の中に滑り込んだ。
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その夜はツォンが野次馬対処の係の日だったので、深夜最も人が多くなる時間を見計らって外に出た。
「お前たち、よく飽きもせずに毎日来ているな…」
そこにいたのは、ほぼ毎日やってきている青年だった。何人かの仲間たちと来ているようで、今日も数名見知った顔があった。
「噂によると、昨日また現れたらしいんっすよ。俺たちが帰ったあとに」
それを聞いたツォンは、彼らにわからない程度に眉をひそめた。昨日は彼らが一番最後に帰り、以降、療養所を観察していた者はいないはずだ。つまり、彼の言う『噂』は事実に基づくものではない。「そうだったらいい」という願望がどこかで事実にすり替わってしまったのだろう。
恐らくこの話もいいように脚色されて広がってしまうに違いない。
ツォンは大きく溜息を吐くと、昨日と同じように端的に「帰れ」と集まった若者たちに言おうとした。が、その場にいたツォンを除く全員が全く同じ方向を見上げていた。そこは、療養所の2階。数日前にイリーナが話していた噂話が蘇った。
――療養所の庭から2階を見上げると、右から左に動く影が…
幽霊などいるわけがない。そう思いつつもツォンも皆と同じように療養所の2階の方に視線を向けた。
初めはカーテンが揺れているのだと思った。しかし、それがすぐにおかしいことに気づく。あの窓にはカーテンがない上に、そのカーテンと思われた白いものはゆっくりと右から左に移動していくではないか!
「まさか…」
思わず声を漏らしたツォンに先程の若者が近寄ってくる。
「ほら、言っただろ!?よし、せっかくだから近くで――」
若者たちの数人が療養所に入ろうと入口の方に足を踏み出した。外はともかく、さすがに関係者以外を中に入れるわけにはいかない。ツォンは大股で彼らの先回りをすると、入口前に仁王立ちした。
「この線を越えたら、無事では済まないと思え」
ツォンは地面に一本の線をつま先で書いた。そして、それをつま先で指し示し、若者たちを鋭い眼光で見回した。興奮した様子だった若者たちが一瞬で青ざめた顔をし、その場に立ち竦んだ。
「よし、理解したようだな。私が様子を確かめてくる。お前たちはここで待て」
そう若者たちに言い、再度線を指し示して若者たちが頷いたのを確認し、ツォンは療養所に入った。
深夜の療養所は明かりもついておらず、ツォンは光量を落として携帯のライトを点けた。先程、白い物が歩いていたのは、共用部の廊下だ。療養者が休んでいる場所からは離れており、あの白い物は図書室の方向に向かっているようだった。
そこでまたツォンは余計なことを思い出してしまい、わずかに薄ら寒いものを感じた。思い出したのは、ルードが話していた内容だ。
――黒髪の女が図書室の窓際に座って…
大袈裟に脚色されたものだと思っていたが、いずれも噂の通りで気味が悪い。
ツォンは足音と気配を殺し、2階の廊下を真っ直ぐに進む。図書室まで続く廊下の半分まで来たが、今のところは人の気配がない。もちろん揺れ動く白い物すら見えない。窓の外を見ると、若者たちがじっとこちらを見上げていた。騒いでいないところを見ると、下からもあの白い物は見えないのだろう。
更にもう半分進んだが、変わりはない。見間違いだったのか、それとも、図書室にいるのだろうか。ツォンは携帯のライトを消すと、ゆっくりと図書室に近づいた。
図書室の扉は完全には閉まっておらず、数センチほど隙間が開いている。ツォンはそこから中を覗いた。中は真っ暗闇と思っていたが、その暗闇の中に一つ、ほのかな明かりが見えた。懐中電灯ではない、もっとおぼろげで頼りない光だ。
ふと、ツォンの脳裏にレノが言っていた「人魂」という言葉が浮かび上がる。そんなはずはないと頭を振っても、目の前に浮かぶ人魂のようなものは消えてなくならない。確かにそこにあるのだ。ツォンは一度深呼吸をし、音を立てずに扉を開けると、図書室の中に滑り込んだ。
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