3-6:麗しき窓辺の亡霊
ヒロイン
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伍番街の社宅からヒーリンに移ってしばらくして、周辺の住人や療養施設の療養者、医師や看護師たちの間である噂が流れていた。
療養所に幽霊が出る、と。
住人や療養者の中には気味が悪いから調査をしてくれと言う者もいたが、幽霊らしきものを見たという噂だけで調査に乗り出す人員の余裕もなく、ツォンは住人たちを宥めつつ、その問題を先送りにしていた。噂などすぐに収まるだろうと思って。
しかし、ツォンの予想に反して、噂はどんどん大きくなっていった。ヒーリンで生活する者たちだけでなく、エッジの住人までもが面白おかしくその噂話に興じ、夜中に噂になっている療養所に幽霊を見に来る者まで現れる始末だった。
今度は「夜中に騒がしくて休むことができない」と住人と療養者からクレームが入った。さすがにこの問題は放置するわけにもいかず、タークスで夜中にやってきた不届き者を追い払うことになった。当番を決めて対処すると部下たちを前にツォンが宣言すると、彼らはあからさまに面倒そうな顔をした。普段は表情を変えないルードでさえも、だ。
「長引かせたくないなら、上手く対処しろ」
上司命令ということで強く命じると、彼らは渋々といった顔で頷いた。
幸い、ヒーリンの深夜の騒音問題はすぐに片付いた。すでに1週間、平和な夜が続いている。最初の当番だったレノがどうやら上手くやったようだ。
「よくやったな、レノ。どうやって追い払ったんだ?」
ダイニングでコーヒーを飲んでいたレノにそう問うと、レノはしたり顔をしてみせた。だが、それも一瞬。すぐにその顔が引きつった。理由は明白だった。キッチンで料理をしていたヒロインが鬼のような形相でレノを睨んでいたからだ。
それを見たツォンは、レノがヒロインをダシにして不届き者を追い払ったことを察した。しかも、あまりよろしくない形でヒロインを利用したようだ。
「…方法は聞かないでおく」
そう言うと、張り詰めていたダイニングの空気が少し緩んだような気がして、ツォンとレノはほっと息を吐いたのだった。
これで幽霊問題も併せて片付くに違いない。
そのツォンの楽観的な予測は、またしても外れることになる。
初めはただ「幽霊が出る」だった噂に尾鰭や尻尾、果ては手や足まで生え、面白可笑しくヒーリンやエッジで語られるようになっていた。より人々の興味を引くような脚色をされた結果、再びヒーリンに人が集まる結果となってしまった。
ある日、そのうちの一つを仕入れたイリーナが、リビングでレノとルードにその話を披露していた。ツォンも途中から参加し、イリーナの話に耳を傾けた。
「療養所の庭から2階を見上げると、右から左に動く影が…影は立ち止まると黒髪の女の姿になり、庭から見ていた男を見て横に大きく裂けた口を開いて笑ったとか――って、ツォンさん、笑うのはひどいです!」
わざとおどろおどろしい語り口調で盛り上げようとしていたイリーナがおかしく、思わず笑ってしまったが、ツォンは咳払いしてイリーナに謝罪した。
「オレがエッジで聞いたのは別の話だったぞ、と」
「どんなですか?」
イリーナが興味津々と目を輝かせてレノに問う。
「確か、黒髪の女が人魂を連れてゆっくり廊下を歩いていたとかなんとか」
「俺が聞いたのは違う話だな。黒髪の女が図書室の窓際に座って、悲しげに笑って消えた話だった」
「一体いくつあるんだよ…」
レノが呆れ顔で言った。
自分たちでもっと怖い話を作って噂を広めたら、ヒーリンくんだりまで幽霊を見に来る奴はいなくなるじゃないかとレノが言い出し、面白そうとイリーナがはしゃぐ。ついにはルードも混ざって三人で怪談作りを始めたようだ。
一方でツォンは三人の話に共通して出てくる『黒髪の女』が気になっていた。ツォンがヒーリンやエッジで聞いた噂にも『黒髪の女』が登場していた。話の入り方や筋書き、結末は異なれど、それだけは共通していたのだ。
(まさか、な…)
頭を振ってそれを否定しつつも、どうも気になる。まさか、本当に幽霊がいるのだろうか?
半信半疑ではあったが、念のため社長の耳に入れておこうと、ツォンはルーファウスの居室に向かった。ルーファウスに幽霊の噂について何か知らないかと尋ねると、ルーファウスは少し考える素振りを見せたあと、ほんの一瞬だけローブから微かに覗く口元を緩ませた。しかし、すぐにルーファウスの口元はいつものように真っ直ぐに結ばれてしまった。それはツォンのように観察眼に優れているものでなければ見逃してしまうほどのものだった。恐らく、ルーファウスも無意識だったのだろう。
「何か思い当たることでも?」
そう問うてみたが、ルーファウスは心当たりがないと言った。さすがに社長を問い詰めるわけにもいかず、ツォンはルーファウスの私室をあとにした。
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療養所に幽霊が出る、と。
住人や療養者の中には気味が悪いから調査をしてくれと言う者もいたが、幽霊らしきものを見たという噂だけで調査に乗り出す人員の余裕もなく、ツォンは住人たちを宥めつつ、その問題を先送りにしていた。噂などすぐに収まるだろうと思って。
しかし、ツォンの予想に反して、噂はどんどん大きくなっていった。ヒーリンで生活する者たちだけでなく、エッジの住人までもが面白おかしくその噂話に興じ、夜中に噂になっている療養所に幽霊を見に来る者まで現れる始末だった。
今度は「夜中に騒がしくて休むことができない」と住人と療養者からクレームが入った。さすがにこの問題は放置するわけにもいかず、タークスで夜中にやってきた不届き者を追い払うことになった。当番を決めて対処すると部下たちを前にツォンが宣言すると、彼らはあからさまに面倒そうな顔をした。普段は表情を変えないルードでさえも、だ。
「長引かせたくないなら、上手く対処しろ」
上司命令ということで強く命じると、彼らは渋々といった顔で頷いた。
幸い、ヒーリンの深夜の騒音問題はすぐに片付いた。すでに1週間、平和な夜が続いている。最初の当番だったレノがどうやら上手くやったようだ。
「よくやったな、レノ。どうやって追い払ったんだ?」
ダイニングでコーヒーを飲んでいたレノにそう問うと、レノはしたり顔をしてみせた。だが、それも一瞬。すぐにその顔が引きつった。理由は明白だった。キッチンで料理をしていたヒロインが鬼のような形相でレノを睨んでいたからだ。
それを見たツォンは、レノがヒロインをダシにして不届き者を追い払ったことを察した。しかも、あまりよろしくない形でヒロインを利用したようだ。
「…方法は聞かないでおく」
そう言うと、張り詰めていたダイニングの空気が少し緩んだような気がして、ツォンとレノはほっと息を吐いたのだった。
これで幽霊問題も併せて片付くに違いない。
そのツォンの楽観的な予測は、またしても外れることになる。
初めはただ「幽霊が出る」だった噂に尾鰭や尻尾、果ては手や足まで生え、面白可笑しくヒーリンやエッジで語られるようになっていた。より人々の興味を引くような脚色をされた結果、再びヒーリンに人が集まる結果となってしまった。
ある日、そのうちの一つを仕入れたイリーナが、リビングでレノとルードにその話を披露していた。ツォンも途中から参加し、イリーナの話に耳を傾けた。
「療養所の庭から2階を見上げると、右から左に動く影が…影は立ち止まると黒髪の女の姿になり、庭から見ていた男を見て横に大きく裂けた口を開いて笑ったとか――って、ツォンさん、笑うのはひどいです!」
わざとおどろおどろしい語り口調で盛り上げようとしていたイリーナがおかしく、思わず笑ってしまったが、ツォンは咳払いしてイリーナに謝罪した。
「オレがエッジで聞いたのは別の話だったぞ、と」
「どんなですか?」
イリーナが興味津々と目を輝かせてレノに問う。
「確か、黒髪の女が人魂を連れてゆっくり廊下を歩いていたとかなんとか」
「俺が聞いたのは違う話だな。黒髪の女が図書室の窓際に座って、悲しげに笑って消えた話だった」
「一体いくつあるんだよ…」
レノが呆れ顔で言った。
自分たちでもっと怖い話を作って噂を広めたら、ヒーリンくんだりまで幽霊を見に来る奴はいなくなるじゃないかとレノが言い出し、面白そうとイリーナがはしゃぐ。ついにはルードも混ざって三人で怪談作りを始めたようだ。
一方でツォンは三人の話に共通して出てくる『黒髪の女』が気になっていた。ツォンがヒーリンやエッジで聞いた噂にも『黒髪の女』が登場していた。話の入り方や筋書き、結末は異なれど、それだけは共通していたのだ。
(まさか、な…)
頭を振ってそれを否定しつつも、どうも気になる。まさか、本当に幽霊がいるのだろうか?
半信半疑ではあったが、念のため社長の耳に入れておこうと、ツォンはルーファウスの居室に向かった。ルーファウスに幽霊の噂について何か知らないかと尋ねると、ルーファウスは少し考える素振りを見せたあと、ほんの一瞬だけローブから微かに覗く口元を緩ませた。しかし、すぐにルーファウスの口元はいつものように真っ直ぐに結ばれてしまった。それはツォンのように観察眼に優れているものでなければ見逃してしまうほどのものだった。恐らく、ルーファウスも無意識だったのだろう。
「何か思い当たることでも?」
そう問うてみたが、ルーファウスは心当たりがないと言った。さすがに社長を問い詰めるわけにもいかず、ツォンはルーファウスの私室をあとにした。
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