止め処なく流れる涙は、悲しさからか。



　はたまた、嬉しさからか。







　ヒロインは再度、目の前で微笑む男の名を呼んだ。



　小さく、研究員、と。





「泣かないで」



　少し困ったように笑った研究員が手を伸ばし、指でそっとヒロインの涙を拭った。



　頬に触れた手も、労るように手首に触れる手も、確かに暖かい。




　だからこそ、ヒロインは恐ろしかった。



　あの時の姿のまま、あの時と同じように微笑む男が。




「どうして、ここに…？」



　ヒロインは頬に添えられた研究員の手から逃れるため身を退いた。



　すると、研究員は名残惜しげに手を引き、言った。



「ヒロインが、望んだからだよ」



「私が…？」



　思い当たった一つの出来事に、ヒロインは愕然とした。



　コスタ・デル・ソルで宝条に追い詰められ、ヒロインは確かにレノを拒絶し、研究員に縋った。



　あの時止まった、研究員の心に。




　しかし、まだヒロインには信じられなかった。



　何故なら――




「あなた…死んだのよ…！」



　ヒロインは声を絞り出した。



　そうすることで、ヒロインは研究員が死んだことを改めて確認する。



　現実に目にしていることを否定し、事実を示した。



「俺が、死んだ？」



　低く抑えた声で研究員が言った。



　真っ直ぐヒロインを見据えて。



　深く冷たい海の底から引き出したような声音に、ヒロインは背筋を凍らせた。



　研究員の魔晄色の瞳は、宝条のそれと酷似していた。




　心の奥深く、鍵を掛けて二度と開けまいとした忌まわしい記憶すら引きずり出されそうなその目に射竦められ、ヒロインの胸がざわざわ音を立てる。




　一歩、研究員が詰め寄った。



　研究員の口角が、ゆっくりと持ち上がる。








「殺した、の間違いじゃないの？」









　びしゃっ。






　肉を裂かれ、大量の血を落としながら研究員が倒れる、あの時の光景。




　ヒロインの目の前にいる研究員の口から、どろりと血が零れ出た。




「いやあぁぁ！！」



　ヒロインはあらんかぎりの声で叫んだ。



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