旧拍手小説集
ヒロイン
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立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花 3
あれから、ヒロインはやたらとオレに笑顔を見せるようになった。何か用があるとき限定だが。
「ねえ、これなーんだ?」
綺麗な顔に満面の笑みを浮かべ、椅子に座るオレを見下ろすヒロイン。最近はどうもその笑顔が胡散臭くて仕方がない。今日も電子申請した経費精算の画面をオレに突きつけながら、軽く首を傾げて見せる。
「私さ、前に言ったよね?出張費の精算は明細書いて領収書も出せって」
「あぁ、そんなことも言ってたな」
ヒロインが来るまでは、出張費の精算なんぞまとめてドン!で通っていたのだから問題ない。だから、軽くあしらったのだが、それがよくなかった。
「じゃあこのクソみたいな申請何?あんたの頭じゃ理解できなかった?」
黙ってりゃ可愛いのにもったいない。
と、思ったが、それを言うと火に油になるので、大人しく言葉を飲み込んだ。
「今日中に直して!…まったく、調教しないとわかんないかな」
「オレは調教されるよりするほうが好きだぞ、と」
「は!?」
にやりと笑ってヒロインを見上げると、彼女は素っ頓狂な声を上げて顔を赤らめた。その意外な反応に目を丸くしていると、みるみるヒロインの顔が怒りに塗り替わっていく。
「セクハラ!窓口に通報してやる!」
「イケメンはセクハラしても許されるんだぞ、と」
「そんなわけねーだろ、バカ!」
さっさと経費精算を出し直せ、と乱暴に言い放ったヒロインは、肩を怒らせて自席に戻っていった。
日中任務に出て夜に戻ると、とうに定時を過ぎたと言うのに珍しくヒロインがオフィスに一人残っていた。
声を掛けてもヒロインはスマホの画面を見たまま顔も上げないし、返事もしない。オフィス内ではあまり不機嫌な様子を見せることがなかったのに、何かあったのかと考えて、任務に出る前のことを思い出した。
――今日中に直して!
「オレのせいか」
「わかったなら早く直せ、バカ」
先月分の経費精算は今日が締切だ。その処理のためにヒロインはわざわざ残ってくれていたようだ。
適当に今月分に混ぜ込んで申請するつもりでほったらかしていたが、ここまで待っていてくれたヒロインに対して、さすがにそう言う気にはなれなかった。一応、オレにも人の心というものがある。
「悪かったな」
「いいから手動かせ」
それから1時間ほど掛けて申請を修正して領収書を揃えて、そこからヒロインのチェックが15分。気づけば随分と遅い時間になってしまった。
「なぁ、ヒロイン。飯食いに行こうぜ」
「嫌」
奢ると言ったが、ヒロインの返事は変わらなかった。理由を尋ねると、ヒロインは呆れた顔でオレの方を見た。
「半年前にご飯行ったとき、あんたの彼女が店に来て泣き喚いて大変だったのもう忘れたの?」
そういえばそんなこともあった。その翌日、面倒になってその女とは別れた。それ以来、決まった彼女はいないから大丈夫だとヒロインには言ったが、ヒロインの表情は変わらない。むしろ、呆れ返っているようにも見えた。
「じゃあせめて、家まで送るぞ、と」
「必要ない」
ヒロインはそっけなく言うと、カバンを肩に掛けた。
「最近、伍番街の辺りも物騒になってきたし、一人じゃ危ないぞ、と」
「…何で私の家の場所知ってんの?」
オフィスを出ようとしたところで足を止めたヒロインが振り返った。その顔には呆れの代わりに戸惑いが浮かんでいる。当てずっぽうではあったが、どうやら当たっていたらしい。内心ほくそ笑んだオレだったが、すぐに自分の勘の良さを恨んだ。ヒロインの軽蔑するような視線が痛い。
「勝手に人んち調べるとか、本っ当最低!」
オレはその後に続く罵詈雑言の嵐を覚悟したが、それはいつまで経ってもやってこなかった。その代わり、向けられたのは笑顔だった。
「心配してくれたことには感謝しとく」
ふわりと笑ったヒロインは思わずドキリとするぐらい綺麗で、それだけで少し得したような気分になる。
「おやすみ、レノ」
「おやすみ」
To be continued...?
.
あれから、ヒロインはやたらとオレに笑顔を見せるようになった。何か用があるとき限定だが。
「ねえ、これなーんだ?」
綺麗な顔に満面の笑みを浮かべ、椅子に座るオレを見下ろすヒロイン。最近はどうもその笑顔が胡散臭くて仕方がない。今日も電子申請した経費精算の画面をオレに突きつけながら、軽く首を傾げて見せる。
「私さ、前に言ったよね?出張費の精算は明細書いて領収書も出せって」
「あぁ、そんなことも言ってたな」
ヒロインが来るまでは、出張費の精算なんぞまとめてドン!で通っていたのだから問題ない。だから、軽くあしらったのだが、それがよくなかった。
「じゃあこのクソみたいな申請何?あんたの頭じゃ理解できなかった?」
黙ってりゃ可愛いのにもったいない。
と、思ったが、それを言うと火に油になるので、大人しく言葉を飲み込んだ。
「今日中に直して!…まったく、調教しないとわかんないかな」
「オレは調教されるよりするほうが好きだぞ、と」
「は!?」
にやりと笑ってヒロインを見上げると、彼女は素っ頓狂な声を上げて顔を赤らめた。その意外な反応に目を丸くしていると、みるみるヒロインの顔が怒りに塗り替わっていく。
「セクハラ!窓口に通報してやる!」
「イケメンはセクハラしても許されるんだぞ、と」
「そんなわけねーだろ、バカ!」
さっさと経費精算を出し直せ、と乱暴に言い放ったヒロインは、肩を怒らせて自席に戻っていった。
日中任務に出て夜に戻ると、とうに定時を過ぎたと言うのに珍しくヒロインがオフィスに一人残っていた。
声を掛けてもヒロインはスマホの画面を見たまま顔も上げないし、返事もしない。オフィス内ではあまり不機嫌な様子を見せることがなかったのに、何かあったのかと考えて、任務に出る前のことを思い出した。
――今日中に直して!
「オレのせいか」
「わかったなら早く直せ、バカ」
先月分の経費精算は今日が締切だ。その処理のためにヒロインはわざわざ残ってくれていたようだ。
適当に今月分に混ぜ込んで申請するつもりでほったらかしていたが、ここまで待っていてくれたヒロインに対して、さすがにそう言う気にはなれなかった。一応、オレにも人の心というものがある。
「悪かったな」
「いいから手動かせ」
それから1時間ほど掛けて申請を修正して領収書を揃えて、そこからヒロインのチェックが15分。気づけば随分と遅い時間になってしまった。
「なぁ、ヒロイン。飯食いに行こうぜ」
「嫌」
奢ると言ったが、ヒロインの返事は変わらなかった。理由を尋ねると、ヒロインは呆れた顔でオレの方を見た。
「半年前にご飯行ったとき、あんたの彼女が店に来て泣き喚いて大変だったのもう忘れたの?」
そういえばそんなこともあった。その翌日、面倒になってその女とは別れた。それ以来、決まった彼女はいないから大丈夫だとヒロインには言ったが、ヒロインの表情は変わらない。むしろ、呆れ返っているようにも見えた。
「じゃあせめて、家まで送るぞ、と」
「必要ない」
ヒロインはそっけなく言うと、カバンを肩に掛けた。
「最近、伍番街の辺りも物騒になってきたし、一人じゃ危ないぞ、と」
「…何で私の家の場所知ってんの?」
オフィスを出ようとしたところで足を止めたヒロインが振り返った。その顔には呆れの代わりに戸惑いが浮かんでいる。当てずっぽうではあったが、どうやら当たっていたらしい。内心ほくそ笑んだオレだったが、すぐに自分の勘の良さを恨んだ。ヒロインの軽蔑するような視線が痛い。
「勝手に人んち調べるとか、本っ当最低!」
オレはその後に続く罵詈雑言の嵐を覚悟したが、それはいつまで経ってもやってこなかった。その代わり、向けられたのは笑顔だった。
「心配してくれたことには感謝しとく」
ふわりと笑ったヒロインは思わずドキリとするぐらい綺麗で、それだけで少し得したような気分になる。
「おやすみ、レノ」
「おやすみ」
To be continued...?
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