旧拍手小説集
ヒロイン
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立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花
口を開けばトリカブト。
あいつを端的に表現したいい言葉だ。
誰が考えたのかは知らないが、そいつには拍手を送りたい。
そして今日も、見た目に騙された哀れな男が一人、彼女――ヒロインを無謀にも口説こうとしていた。
「ねぇ、ヒロインちゃん、俺と付き合わない?そんなゲームより楽しいぜ?」
スマホの画面を滑っていたヒロインの指が止まった。大方、お気に入りのゲームでもしていたのだろう。これは一番最悪のパターンだ。
案の定、一瞬でヒロインの眉根に皺が寄り、3席離れたところに座っているオレにまでその舌打ちが聞こえてきた。
「身の程を知れ、クソ野郎」
普通なら女にこっぴどく振られた男は周りから笑われるもんだが、相手がヒロインとなると話が違う。カフェテリアにいた全員が男に同情の視線を向け、ヒロインに非難の視線を向ける。
男は何か捨て台詞でも吐こうとしたのか一瞬口を開いたものの、ヒロインの一睨みでその口を閉じた。そして、肩を怒らせて去っていった。
残されたヒロインはというと、周囲からの負の感情が乗せられた視線に動じることもなく、再びスマホゲームに熱中し始めたようだ。肝が座っているのか単なる無関心かわからないが、ヒロインにとってはこれら一連の出来事は日常で、心動かすに値しないということなのだろう。
しばらくしてカフェテリアを去っていったヒロインの後ろ姿を見送りながら、オレは大きな溜息を吐いた。
オレとヒロインの出会いは数年前に遡る。
当時ヒロインは、神羅本社の受付嬢だった。見目麗しく、一見大人しそうに見える彼女の男性人気は高く、オレはいつもの調子で受付にいる彼女を口説いた。それが双方の運の尽き。
「は?頭空っぽか?TPOをわきまえろバカ」
まさかの口の悪さにオレは絶句し、本性を現してしまったヒロインははっとして口を押さえたがもう遅い。被っていた猫が全速力で逃げ出したあとに残ったのは、忌々しげに顔をしかめたヒロインだった。
この件はあっという間に広まったが、噂を信じない者たちは果敢にヒロインに挑み、そして無残に散っていった。
あっけなく玉砕したオレはというと、なぜか事あるごとにヒロインが男たちを斬り捨てていく場面に遭遇したせいで、気づけばオトモダチになっていた。
そして今、ヒロインは巡り巡ってタークスの事務員をやっている。
日の当たる受付嬢から日陰者のタークス事務員へ。一見すると左遷とも取れる配置転換が行われたのには理由がある。例の噂を聞いてヒロインをからかう社員があとを絶たず、さらにはその騒動で会社の顔にはふさわしくないと上層部が判断したからだ。表に見えるところには置いておけないが、クビにはできない。ということで、ヒロインはタークスにやってきた。
間接的にオレのせいということもあり、オレは初日にヒロインに謝罪した。すると、ヒロインは予想に反して穏やかな表情を浮かべて言った。
「受付なんてクソくらえってね」
それが本心だったのかはわからない。ただ、タークスの事務員という仕事も満更でもないように見えた。
「今日も派手にやったな」
ヒロインから数分遅れてオフィスに戻ったオレは、自席でゲームに興じているヒロインに声を掛けた。
「見てないで助けてよ」
スマホの画面を凝視して顔も上げず、ヒロインはつまらなそうに言った。
「慣れてるだろ」
「…慣れてても、面倒なもんは面倒――あ、ミスった」
深く溜息を吐いたヒロインが手を止めた。そして顔を上げ、こちらを真っ直ぐ見つめてきた。
あぁ、やっぱり見た目だけは最高に可愛い。恐らく、この後に紡がれる言葉は可愛げの欠片もないだろうが。
「もしかしたら、危ない目に遭ってたかも…」
ヒロインの目が少しずつうるみ出す。さすがにこれにはオレも慌て、『口の悪さを直せばいいだろ』という言葉を出る寸前で飲み込んだ。
「なーんてね」
「は?」
潤んでいた瞳はある程度の乾きを取り戻し、ヒロインは意地の悪い笑みを浮かべていた。
「涙は女の武器だってイリーナが教えてくれたから、レノで試してみよっかなーって」
あのバカ野郎が。
イリーナに対する怒りで握りしめた拳が震えた。
「ありがとね。レノが近くにいたから、殴られなかったんだよ」
まずはヒロインに一言文句を言ってやろうと思ったが、あの時と同じ穏やかな笑みを浮かべているのを見ていると、不思議と気勢が削がれた。
「…気をつけろよ、まったく」
笑顔だって強力な女の武器だ。特にヒロインのような美人にとっては。
「泣くよりも笑顔のほうがレノには効果的っと」
ヒロインに一瞬でも見とれた自分がバカだった。いつものように不敵な笑みを浮かべるヒロインに肩を竦めて見せた。
To be continued...?
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口を開けばトリカブト。
あいつを端的に表現したいい言葉だ。
誰が考えたのかは知らないが、そいつには拍手を送りたい。
そして今日も、見た目に騙された哀れな男が一人、彼女――ヒロインを無謀にも口説こうとしていた。
「ねぇ、ヒロインちゃん、俺と付き合わない?そんなゲームより楽しいぜ?」
スマホの画面を滑っていたヒロインの指が止まった。大方、お気に入りのゲームでもしていたのだろう。これは一番最悪のパターンだ。
案の定、一瞬でヒロインの眉根に皺が寄り、3席離れたところに座っているオレにまでその舌打ちが聞こえてきた。
「身の程を知れ、クソ野郎」
普通なら女にこっぴどく振られた男は周りから笑われるもんだが、相手がヒロインとなると話が違う。カフェテリアにいた全員が男に同情の視線を向け、ヒロインに非難の視線を向ける。
男は何か捨て台詞でも吐こうとしたのか一瞬口を開いたものの、ヒロインの一睨みでその口を閉じた。そして、肩を怒らせて去っていった。
残されたヒロインはというと、周囲からの負の感情が乗せられた視線に動じることもなく、再びスマホゲームに熱中し始めたようだ。肝が座っているのか単なる無関心かわからないが、ヒロインにとってはこれら一連の出来事は日常で、心動かすに値しないということなのだろう。
しばらくしてカフェテリアを去っていったヒロインの後ろ姿を見送りながら、オレは大きな溜息を吐いた。
オレとヒロインの出会いは数年前に遡る。
当時ヒロインは、神羅本社の受付嬢だった。見目麗しく、一見大人しそうに見える彼女の男性人気は高く、オレはいつもの調子で受付にいる彼女を口説いた。それが双方の運の尽き。
「は?頭空っぽか?TPOをわきまえろバカ」
まさかの口の悪さにオレは絶句し、本性を現してしまったヒロインははっとして口を押さえたがもう遅い。被っていた猫が全速力で逃げ出したあとに残ったのは、忌々しげに顔をしかめたヒロインだった。
この件はあっという間に広まったが、噂を信じない者たちは果敢にヒロインに挑み、そして無残に散っていった。
あっけなく玉砕したオレはというと、なぜか事あるごとにヒロインが男たちを斬り捨てていく場面に遭遇したせいで、気づけばオトモダチになっていた。
そして今、ヒロインは巡り巡ってタークスの事務員をやっている。
日の当たる受付嬢から日陰者のタークス事務員へ。一見すると左遷とも取れる配置転換が行われたのには理由がある。例の噂を聞いてヒロインをからかう社員があとを絶たず、さらにはその騒動で会社の顔にはふさわしくないと上層部が判断したからだ。表に見えるところには置いておけないが、クビにはできない。ということで、ヒロインはタークスにやってきた。
間接的にオレのせいということもあり、オレは初日にヒロインに謝罪した。すると、ヒロインは予想に反して穏やかな表情を浮かべて言った。
「受付なんてクソくらえってね」
それが本心だったのかはわからない。ただ、タークスの事務員という仕事も満更でもないように見えた。
「今日も派手にやったな」
ヒロインから数分遅れてオフィスに戻ったオレは、自席でゲームに興じているヒロインに声を掛けた。
「見てないで助けてよ」
スマホの画面を凝視して顔も上げず、ヒロインはつまらなそうに言った。
「慣れてるだろ」
「…慣れてても、面倒なもんは面倒――あ、ミスった」
深く溜息を吐いたヒロインが手を止めた。そして顔を上げ、こちらを真っ直ぐ見つめてきた。
あぁ、やっぱり見た目だけは最高に可愛い。恐らく、この後に紡がれる言葉は可愛げの欠片もないだろうが。
「もしかしたら、危ない目に遭ってたかも…」
ヒロインの目が少しずつうるみ出す。さすがにこれにはオレも慌て、『口の悪さを直せばいいだろ』という言葉を出る寸前で飲み込んだ。
「なーんてね」
「は?」
潤んでいた瞳はある程度の乾きを取り戻し、ヒロインは意地の悪い笑みを浮かべていた。
「涙は女の武器だってイリーナが教えてくれたから、レノで試してみよっかなーって」
あのバカ野郎が。
イリーナに対する怒りで握りしめた拳が震えた。
「ありがとね。レノが近くにいたから、殴られなかったんだよ」
まずはヒロインに一言文句を言ってやろうと思ったが、あの時と同じ穏やかな笑みを浮かべているのを見ていると、不思議と気勢が削がれた。
「…気をつけろよ、まったく」
笑顔だって強力な女の武器だ。特にヒロインのような美人にとっては。
「泣くよりも笑顔のほうがレノには効果的っと」
ヒロインに一瞬でも見とれた自分がバカだった。いつものように不敵な笑みを浮かべるヒロインに肩を竦めて見せた。
To be continued...?
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