旧拍手小説集
ヒロイン
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運命の人
好きだ。
誰よりも愛してる。
自分が気持ちよくなるためだけの魔法の言葉。
その魔法はね、ベッドを降りたら消えてしまうのよ。
飲んだノリで行った一夜の情事が終わり、ホテルを出たらそこにはよく知った赤毛の男。レノ。
彼の左頬が赤いのは、いつものように一夜限りの関係をここで清算したからだろう。
「朝飯行こうぜ」
「いいね。今日はあの店がいいな。ほら、前言ってた焼き立てパンの店」
お互い、昨日何があったのか言わなくてもわかっている。そんなことはどうでもいいのだ。今大事なのは、お互いにお腹が減っているということ。
レノと並んで歩きながらするのは、いつものように他愛のない会話。
昨日のスポーツの結果、最近読んで面白かった本、週末に公開する映画――レノと私は好きなものが似ている。だからか、一緒にいても話題が尽きない。
相手の男が下手くそで昨日が最悪な夜であっても、そんなことは些末なことだと思えてくる。今、この時間が楽しくて。
昔は『運命の人』を信じてた。きっとその人とはロマンティックな出会いをして、燃え上がるような恋ができると思っていたこともあった。しかし、そんな人はいくら待っても現れず、一時の出会いにそれを期待しては失敗する日々。
それでもまだ期待してしまうのは、私が愚かな証だろう。
「あ、それ半分食べたい」
「じゃあそっちも半分寄越せよ」
やはり、レノが選んだパンも私が好きなものだった。本当に好みがよく似ている。
それがなんだかおかしくて、私は小さく笑った。
「何笑ってんだよ」
「ん、本当に私たち、好きなもの同じだなって」
「あー…確かにな」
レノが楽しそうに笑った。
「あーあ、レノが運命の人だったらよかったのに」
きょとんとしたあと、レノは思い切り吹き出した。
「いいでしょ、別に!私だってロマンティックな出会いだとか恋だとか、してみた――」
私はそれを最後まで言い切ることはできなかった。気づけばテーブルから身を乗り出したレノの唇と自分の唇が触れ合っていた。時間にしてはわずか数秒。それがレノとの初めてのキスだと理解するには、その何倍もの時間を要した。
「運命なんてのは、なんでもないとこに転がってるもんだぞ、と」
そう言って、レノは本当に楽しそうに笑った。
運命の人とはきっとロマンティックな出会いをするものだと思っていた。そして、一目でその人が運命の人だとわかるのだと。
でも、現実は違う。すぐ近くにいたのに、ずっと気づかなかった。
それは、運命の人の定義がそもそも間違っていたから。
好きなものが同じで、一緒にいて楽しくて、誰よりもお互いのことがわかっている。
どうしてそれに今まで気づかなかったのだろう。
「意外と近すぎると気づかないもんだよな、お互いに」
うれしいような悔しいような、複雑な表情を浮かべながらレノは言った。きっと私も、同じような顔をしていることだろう。
「本当にね」
そして、顔を見合わせて笑う。
「で、今日の予定は?」
「知ってるでしょ?休みだけど予定なし」
「じゃあ初デートでもするか」
「いいね、どこ行く?」
「さっき言ってた映画」
「賛成」
いつものように他愛のない会話をしながら、私たちはカフェをあとにした。
来たときと違うのは、恋人同士らしく、手を繋いで歩いていること。
何だか照れくさかったけど、今日の空のように心は澄み渡っていた。
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好きだ。
誰よりも愛してる。
自分が気持ちよくなるためだけの魔法の言葉。
その魔法はね、ベッドを降りたら消えてしまうのよ。
飲んだノリで行った一夜の情事が終わり、ホテルを出たらそこにはよく知った赤毛の男。レノ。
彼の左頬が赤いのは、いつものように一夜限りの関係をここで清算したからだろう。
「朝飯行こうぜ」
「いいね。今日はあの店がいいな。ほら、前言ってた焼き立てパンの店」
お互い、昨日何があったのか言わなくてもわかっている。そんなことはどうでもいいのだ。今大事なのは、お互いにお腹が減っているということ。
レノと並んで歩きながらするのは、いつものように他愛のない会話。
昨日のスポーツの結果、最近読んで面白かった本、週末に公開する映画――レノと私は好きなものが似ている。だからか、一緒にいても話題が尽きない。
相手の男が下手くそで昨日が最悪な夜であっても、そんなことは些末なことだと思えてくる。今、この時間が楽しくて。
昔は『運命の人』を信じてた。きっとその人とはロマンティックな出会いをして、燃え上がるような恋ができると思っていたこともあった。しかし、そんな人はいくら待っても現れず、一時の出会いにそれを期待しては失敗する日々。
それでもまだ期待してしまうのは、私が愚かな証だろう。
「あ、それ半分食べたい」
「じゃあそっちも半分寄越せよ」
やはり、レノが選んだパンも私が好きなものだった。本当に好みがよく似ている。
それがなんだかおかしくて、私は小さく笑った。
「何笑ってんだよ」
「ん、本当に私たち、好きなもの同じだなって」
「あー…確かにな」
レノが楽しそうに笑った。
「あーあ、レノが運命の人だったらよかったのに」
きょとんとしたあと、レノは思い切り吹き出した。
「いいでしょ、別に!私だってロマンティックな出会いだとか恋だとか、してみた――」
私はそれを最後まで言い切ることはできなかった。気づけばテーブルから身を乗り出したレノの唇と自分の唇が触れ合っていた。時間にしてはわずか数秒。それがレノとの初めてのキスだと理解するには、その何倍もの時間を要した。
「運命なんてのは、なんでもないとこに転がってるもんだぞ、と」
そう言って、レノは本当に楽しそうに笑った。
運命の人とはきっとロマンティックな出会いをするものだと思っていた。そして、一目でその人が運命の人だとわかるのだと。
でも、現実は違う。すぐ近くにいたのに、ずっと気づかなかった。
それは、運命の人の定義がそもそも間違っていたから。
好きなものが同じで、一緒にいて楽しくて、誰よりもお互いのことがわかっている。
どうしてそれに今まで気づかなかったのだろう。
「意外と近すぎると気づかないもんだよな、お互いに」
うれしいような悔しいような、複雑な表情を浮かべながらレノは言った。きっと私も、同じような顔をしていることだろう。
「本当にね」
そして、顔を見合わせて笑う。
「で、今日の予定は?」
「知ってるでしょ?休みだけど予定なし」
「じゃあ初デートでもするか」
「いいね、どこ行く?」
「さっき言ってた映画」
「賛成」
いつものように他愛のない会話をしながら、私たちはカフェをあとにした。
来たときと違うのは、恋人同士らしく、手を繋いで歩いていること。
何だか照れくさかったけど、今日の空のように心は澄み渡っていた。
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