旧拍手小説集
ヒロイン
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二度目のプロポーズ
ヒロインはタークス一の潜入捜査員で、いつも割り切って仕事をしていた。ターゲットの男と寝ることも、仕事ならばと拒むことはなかった。
オレはそれが嫌だった。自分の大切な人が自分の知らないところで知らない男と身体を重ねているなど、考えただけで何度ヒロインを殺そうと思ったかしれない。
ただそれはヒロインしかできない仕事で、代わってやることもできなかったから、自分の心を殺して一人の時間を過ごすしかなかった。そうしているうちに何も感じなくなり、ヒロインが任務を終えて帰ってきても、会うことが少なくなっていった。
今日も任務で、ヒロインはオレの知らない男に抱かれているのだろう。
「珍しいな、そっちから連絡くれるなんて」
潜入任務中のヒロインから突然連絡が来た。会いたいと。
ヒロインのきれいだった黒髪は、潜入任務のせいで今は鮮やかな金髪になっていた。深い群青の瞳だけは変わっていなかった。
「任務中に会うの、まずくないのか?」
オレがそう問うと、ヒロインは苦々しげな表情とともに、苛立ちを言葉に乗せて吐き出した。
「あんなの、適当に終わらせた」
いつもは忠実で、完璧に任務をこなしてきたヒロインの言葉とは思えなかった。
「…聞いてやるぞ、と」
ヒロインは一息にロックグラスに入ったウィスキーを呷ると、店員におかわりを注文した。そして、ウィスキーが運ばれてくると、それも一気に飲み干した。
それでようやく苛立ちが収まってきたのか、ヒロインは大きく息をつくと、ぽつりと言った。
「プロポーズされた」
殺したと思っていた心が軋んだ。怒りと悲しみと、苛立ちが全身を巡った。
「…よかったな」
大いなる嫌味を込めて、オレはその言葉をヒロインに贈った。
ヒロインは一度、オレのプロポーズを断っている。まだ仕事をしたいからと言って。それなのに、別の男からのプロポーズの話を聞かされるとは。嫌味の一言二言言う権利ぐらいあるだろう。
横目でヒロインの様子を伺うと、ヒロインはぎゅっと唇を噛んで何かに耐えているようだった。
しばらくの沈黙の後、ヒロインが寂しそうに言った。
「全然、よくない」
ヒロインが両手で顔を覆った。
「すごく嫌だった。私の大事な言葉が汚されたみたいで」
一度言葉を紡ぎ始めると、堰を切ったようにヒロインの言葉が溢れ出た。
「何でもっと早く気づかなかったんだろう…間違ってるって。レノがこの仕事嫌がってるって言うのもわかってた。でも、私にしかできないって思い込んで、プロポーズも断って、それでもレノは待っててくれるって甘えてた。バカみたい」
ごめんなさい。
一息に気持ちを吐き出したあと、ヒロインは嗚咽混じりの声で言った。そして、肩を震わせて静かに泣いていた。
オレはそれを黙って見守っていた。どう声を掛けていいかわからなかったからだ。
正直、まだヒロインには苛立っている。許す気持ちも湧いてこない。自分勝手で、一方的に自分の都合を押し付けて、都合が悪くなって泣く。そういう面倒くさい女。
ただ、突き放してこの場を去ることもできなかった。これがヒロインを引き止める最後のチャンスだという気がして。
「…なぁ、もうやめてくれって言ったら辞めるか?」
ヒロインが顔を上げた。目は真っ赤に腫れ、涙で化粧が崩れている。
「…辞めたい」
オレの視線とヒロインの視線が真っ直ぐにぶつかり合う。ヒロインは決して目をそらそうとしなかった。それは、強い意志の表れだろうか。
「じゃあ、その髪が元の黒髪に戻ったら、もう一度プロポーズしてやるぞ、と」
信じたい思いと、信じられない思いが半分ずつ。だからヒロインを試すのだ。それはヒロインにも伝わったようで、ヒロインは困ったように笑っていた。
「髪、切っちゃうのはあり?」
「なしだぞ、と」
「じゃあ、何ヶ月かかるかわからないけど、待っててね」
今日初めてヒロインが満面の笑みを浮かべた。そして、少しこちらに顔を近づけ、オレの耳元で囁いた。
「お預けなのは、プロポーズだけ?」
「さぁ、どうだろうな」
少し意地悪を言ってみたが、こちらの『お預け』はお互いの身体にとってよくない。ヒロインもそれをわかっているのか、少し強くオレの手を引いた。
行為の後、二人で手を繋いでベッドで微睡んでいると、何ヶ月か先の約束がもどかしくなる。あとで、髪を切るのはOKだと伝えようか。
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ヒロインはタークス一の潜入捜査員で、いつも割り切って仕事をしていた。ターゲットの男と寝ることも、仕事ならばと拒むことはなかった。
オレはそれが嫌だった。自分の大切な人が自分の知らないところで知らない男と身体を重ねているなど、考えただけで何度ヒロインを殺そうと思ったかしれない。
ただそれはヒロインしかできない仕事で、代わってやることもできなかったから、自分の心を殺して一人の時間を過ごすしかなかった。そうしているうちに何も感じなくなり、ヒロインが任務を終えて帰ってきても、会うことが少なくなっていった。
今日も任務で、ヒロインはオレの知らない男に抱かれているのだろう。
「珍しいな、そっちから連絡くれるなんて」
潜入任務中のヒロインから突然連絡が来た。会いたいと。
ヒロインのきれいだった黒髪は、潜入任務のせいで今は鮮やかな金髪になっていた。深い群青の瞳だけは変わっていなかった。
「任務中に会うの、まずくないのか?」
オレがそう問うと、ヒロインは苦々しげな表情とともに、苛立ちを言葉に乗せて吐き出した。
「あんなの、適当に終わらせた」
いつもは忠実で、完璧に任務をこなしてきたヒロインの言葉とは思えなかった。
「…聞いてやるぞ、と」
ヒロインは一息にロックグラスに入ったウィスキーを呷ると、店員におかわりを注文した。そして、ウィスキーが運ばれてくると、それも一気に飲み干した。
それでようやく苛立ちが収まってきたのか、ヒロインは大きく息をつくと、ぽつりと言った。
「プロポーズされた」
殺したと思っていた心が軋んだ。怒りと悲しみと、苛立ちが全身を巡った。
「…よかったな」
大いなる嫌味を込めて、オレはその言葉をヒロインに贈った。
ヒロインは一度、オレのプロポーズを断っている。まだ仕事をしたいからと言って。それなのに、別の男からのプロポーズの話を聞かされるとは。嫌味の一言二言言う権利ぐらいあるだろう。
横目でヒロインの様子を伺うと、ヒロインはぎゅっと唇を噛んで何かに耐えているようだった。
しばらくの沈黙の後、ヒロインが寂しそうに言った。
「全然、よくない」
ヒロインが両手で顔を覆った。
「すごく嫌だった。私の大事な言葉が汚されたみたいで」
一度言葉を紡ぎ始めると、堰を切ったようにヒロインの言葉が溢れ出た。
「何でもっと早く気づかなかったんだろう…間違ってるって。レノがこの仕事嫌がってるって言うのもわかってた。でも、私にしかできないって思い込んで、プロポーズも断って、それでもレノは待っててくれるって甘えてた。バカみたい」
ごめんなさい。
一息に気持ちを吐き出したあと、ヒロインは嗚咽混じりの声で言った。そして、肩を震わせて静かに泣いていた。
オレはそれを黙って見守っていた。どう声を掛けていいかわからなかったからだ。
正直、まだヒロインには苛立っている。許す気持ちも湧いてこない。自分勝手で、一方的に自分の都合を押し付けて、都合が悪くなって泣く。そういう面倒くさい女。
ただ、突き放してこの場を去ることもできなかった。これがヒロインを引き止める最後のチャンスだという気がして。
「…なぁ、もうやめてくれって言ったら辞めるか?」
ヒロインが顔を上げた。目は真っ赤に腫れ、涙で化粧が崩れている。
「…辞めたい」
オレの視線とヒロインの視線が真っ直ぐにぶつかり合う。ヒロインは決して目をそらそうとしなかった。それは、強い意志の表れだろうか。
「じゃあ、その髪が元の黒髪に戻ったら、もう一度プロポーズしてやるぞ、と」
信じたい思いと、信じられない思いが半分ずつ。だからヒロインを試すのだ。それはヒロインにも伝わったようで、ヒロインは困ったように笑っていた。
「髪、切っちゃうのはあり?」
「なしだぞ、と」
「じゃあ、何ヶ月かかるかわからないけど、待っててね」
今日初めてヒロインが満面の笑みを浮かべた。そして、少しこちらに顔を近づけ、オレの耳元で囁いた。
「お預けなのは、プロポーズだけ?」
「さぁ、どうだろうな」
少し意地悪を言ってみたが、こちらの『お預け』はお互いの身体にとってよくない。ヒロインもそれをわかっているのか、少し強くオレの手を引いた。
行為の後、二人で手を繋いでベッドで微睡んでいると、何ヶ月か先の約束がもどかしくなる。あとで、髪を切るのはOKだと伝えようか。
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