理想と現実
ヒロイン
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「――ノ…レノ!起きて」
ずっと聞きたいと思っていた声が聞こえてきた。もう聞けないと思っていたのに――
オレはゆっくりと目を開けた。
「よかった、起きた。うなされてたけど大丈夫?」
覗き込んできたのは、ヒロインだった。
「お前…生きて…?」
「は?」
頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出すと、ヒロインはあからさまに不機嫌な顔をした。
「ついに死んでほしいぐらい、私のこと嫌いになった?」
「そんなわけないだろ!」
真剣に怒ると、ヒロインはひどく驚いた顔をしていた。オレは起き上がって、ヒロインの頬にそっと触れた。温かい。確かにヒロインが生きていることを確認でき、オレはほっと胸を撫で下ろした。
「なぁ、今日は一緒に家にいようぜ」
オレはヒロインの手をやや強引に引き、そのままベッドに押し倒した。
「ちょっ!レノ、どうしたの!?今日はダメだって…出張だって、昨日言ったでしょ!?」
あの日と同じだ。行き先は――
「ジュノン、か?」
「あれ、私、出張先言ったっけ?」
嫌な予感と緊張が身体を駆け巡った。あの日と同じなら、この先起こるのは――
「絶対ダメだ!」
「ダメって…いつも私が出張のときは遊べるから喜んでたのに、今日は何で――」
あの日はヒロインがいないのをいいことに他の女と遊び呆けていたせいで、ヒロインが死んだ。死んでから大切だと気づいても遅かったのに。
「もう女遊びはやめるぞ、と」
「やっぱり女と遊んでたの!?」
ヒロインの眉が釣り上がる。そして、最低!という一言とともに、鋭い平手打ちを見舞われた。左頬がじんじんと痛んだが、ヒロインが生きているのだと実感できて嬉しかった。
「え…何笑ってるの…気持ち悪い…」
一気に噴火した怒りは鳴りを潜め、ヒロインが唖然とした顔をした。ころころと変わるヒロインの表情を眺めているのも楽しかったが、それはこれからいつでも楽しめる。まずすべきことは一つだった。
「――ジュノン、オレも行くぞ、と」
「は!?」
素っ頓狂な声を上げたヒロインをベッドに残し、オレは大急ぎで身支度を整え始めた。
「まだ怒ってる…よな?」
「見たらわかるでしょ?」
オレとヒロインはジュノンの中では高級店とされるレストランの個室にいる。今朝からずっとヒロインは不機嫌なままで、今もこちらを見ずにワイングラスを傾けている。ワイングラスの中で深い赤色をしたワインが揺れた。
「悪かったぞ、と」
「何に対して謝ってんの?」
「それは――」
今日起きるはずだったテロ事件は、起きる前に阻止することができた。あの日から、何度も何度もヒロインを救う方法を考えていて、今日それが叶ったことをオレは喜んだが、ヒロインはそうではなかった。説明もなしに無理矢理会議の場所を変更させたり、何があっても動くなとほぼ命令に近い口調で言ったことが癇に障ったのだろうか。さらに今朝のことも相まって、今のヒロインの機嫌は最悪だった。
「…今日、『助けてくれなかったこと』に怒ってるの」
ワイングラスをテーブルに置き、ヒロインがあの日の朝と同じように寂しそうに笑った。そして、その白く細い首にワインと同じ色の線が真っ直ぐに走った。そこから目が離せなかった。
助けたはずなのに、ヒロインは死ななかったはずなのに何故だ?
「来てくれると思ってたのに、まさか女遊びしてたとはねぇ」
ヒロインは怒るわけでもなく、ただただ悲しそうだった。
「でもね、悔しいことに私、まだレノのことが好き」
その言葉がオレの胸に刺さった。あの日もヒロインは同じことを言った。でも、オレは?出張に行く前のヒロインにどんな言葉を掛けた?
「きっとレノは自分から言わないだろうから、私から言うね」
ダメだ、言わないでくれ。頼むから――
オレがヒロインを制止するより先に、ヒロインの唇が動いた。
「これでお別れしよう。ごめんね、こんな結末で…私、ずっと――」
ヒロインの最後の言葉は嗚咽に飲まれて消えた。
オレはヒロインの方に手を伸ばしたが、その手がヒロインに触れることはなかった。
目を覚ましたとき、何度も何度も見たあの動画が流れていた。ちょうどヒロインの首にナイフが当てられた瞬間だった。
少し前までヒロインを救えたと思っていたのに、残酷な現実は何一つ変わっていなかった。いつもと同じように怯えるヒロインの首に赤い線が走り、糸の切れた人形のようにぱたりとヒロインが崩れ落ちた。
カメラからフェードアウトする寸前、少しだけヒロインの口元に笑みが浮かんだような気がした。
「なぁ、ヒロイン。そろそろ会いに行ってもいいか?」
もしこの先で会えたなら、ヒロインは笑ってくれるだろうか。それともオレが来たことに怒るだろうか。
END
2022/11/29
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ずっと聞きたいと思っていた声が聞こえてきた。もう聞けないと思っていたのに――
オレはゆっくりと目を開けた。
「よかった、起きた。うなされてたけど大丈夫?」
覗き込んできたのは、ヒロインだった。
「お前…生きて…?」
「は?」
頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出すと、ヒロインはあからさまに不機嫌な顔をした。
「ついに死んでほしいぐらい、私のこと嫌いになった?」
「そんなわけないだろ!」
真剣に怒ると、ヒロインはひどく驚いた顔をしていた。オレは起き上がって、ヒロインの頬にそっと触れた。温かい。確かにヒロインが生きていることを確認でき、オレはほっと胸を撫で下ろした。
「なぁ、今日は一緒に家にいようぜ」
オレはヒロインの手をやや強引に引き、そのままベッドに押し倒した。
「ちょっ!レノ、どうしたの!?今日はダメだって…出張だって、昨日言ったでしょ!?」
あの日と同じだ。行き先は――
「ジュノン、か?」
「あれ、私、出張先言ったっけ?」
嫌な予感と緊張が身体を駆け巡った。あの日と同じなら、この先起こるのは――
「絶対ダメだ!」
「ダメって…いつも私が出張のときは遊べるから喜んでたのに、今日は何で――」
あの日はヒロインがいないのをいいことに他の女と遊び呆けていたせいで、ヒロインが死んだ。死んでから大切だと気づいても遅かったのに。
「もう女遊びはやめるぞ、と」
「やっぱり女と遊んでたの!?」
ヒロインの眉が釣り上がる。そして、最低!という一言とともに、鋭い平手打ちを見舞われた。左頬がじんじんと痛んだが、ヒロインが生きているのだと実感できて嬉しかった。
「え…何笑ってるの…気持ち悪い…」
一気に噴火した怒りは鳴りを潜め、ヒロインが唖然とした顔をした。ころころと変わるヒロインの表情を眺めているのも楽しかったが、それはこれからいつでも楽しめる。まずすべきことは一つだった。
「――ジュノン、オレも行くぞ、と」
「は!?」
素っ頓狂な声を上げたヒロインをベッドに残し、オレは大急ぎで身支度を整え始めた。
「まだ怒ってる…よな?」
「見たらわかるでしょ?」
オレとヒロインはジュノンの中では高級店とされるレストランの個室にいる。今朝からずっとヒロインは不機嫌なままで、今もこちらを見ずにワイングラスを傾けている。ワイングラスの中で深い赤色をしたワインが揺れた。
「悪かったぞ、と」
「何に対して謝ってんの?」
「それは――」
今日起きるはずだったテロ事件は、起きる前に阻止することができた。あの日から、何度も何度もヒロインを救う方法を考えていて、今日それが叶ったことをオレは喜んだが、ヒロインはそうではなかった。説明もなしに無理矢理会議の場所を変更させたり、何があっても動くなとほぼ命令に近い口調で言ったことが癇に障ったのだろうか。さらに今朝のことも相まって、今のヒロインの機嫌は最悪だった。
「…今日、『助けてくれなかったこと』に怒ってるの」
ワイングラスをテーブルに置き、ヒロインがあの日の朝と同じように寂しそうに笑った。そして、その白く細い首にワインと同じ色の線が真っ直ぐに走った。そこから目が離せなかった。
助けたはずなのに、ヒロインは死ななかったはずなのに何故だ?
「来てくれると思ってたのに、まさか女遊びしてたとはねぇ」
ヒロインは怒るわけでもなく、ただただ悲しそうだった。
「でもね、悔しいことに私、まだレノのことが好き」
その言葉がオレの胸に刺さった。あの日もヒロインは同じことを言った。でも、オレは?出張に行く前のヒロインにどんな言葉を掛けた?
「きっとレノは自分から言わないだろうから、私から言うね」
ダメだ、言わないでくれ。頼むから――
オレがヒロインを制止するより先に、ヒロインの唇が動いた。
「これでお別れしよう。ごめんね、こんな結末で…私、ずっと――」
ヒロインの最後の言葉は嗚咽に飲まれて消えた。
オレはヒロインの方に手を伸ばしたが、その手がヒロインに触れることはなかった。
目を覚ましたとき、何度も何度も見たあの動画が流れていた。ちょうどヒロインの首にナイフが当てられた瞬間だった。
少し前までヒロインを救えたと思っていたのに、残酷な現実は何一つ変わっていなかった。いつもと同じように怯えるヒロインの首に赤い線が走り、糸の切れた人形のようにぱたりとヒロインが崩れ落ちた。
カメラからフェードアウトする寸前、少しだけヒロインの口元に笑みが浮かんだような気がした。
「なぁ、ヒロイン。そろそろ会いに行ってもいいか?」
もしこの先で会えたなら、ヒロインは笑ってくれるだろうか。それともオレが来たことに怒るだろうか。
END
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