立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花 8
ヒロイン
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「レノ!オフィスで寝るなと何回言ったらわかるんだ!」
寝ているところを怒鳴り声で起こされたレノは思い切り顔をしかめた。耳をふさいでもう一度眠りに落ちようかと思ったが、半分目覚めたレノの脳みそがそれは悪手だと言う。長年の経験で、この手の警告は素直に聞くべきだと認識していていることもあり、レノは目を開けた。
覗き込んできたのはヒロインではなく、ツォンだった。
「あと、仕事の後はシャワーぐらい浴びろ。臭うぞ」
「まじか」
レノは思わず自分の身体の臭いを嗅いだ。確かに汗と砂埃の入り混じった嫌な臭いがする。
(起こしに来たのがヒロインじゃなくてよかったぞ、と)
ソファから立ち上がったレノの身体から、するりと何かが床に落ちた。それは夢の中でヒロインが掛けてくれたブランケットによく似ていた。レノはそれを拾い上げた。夢の中とは違い、いい匂いはしなかった。それどころか、自分の臭いが移ってしまったような気さえする。もしヒロインの物だとしたら、とてもそのまま返せそうにはなかった。
レノは頭をかくと、軽く畳んで自席の椅子の背にそれを掛けた。
今までも任務後に硝煙や血の臭いをまとったままオフィスに戻り、ヒロインに嫌な顔をされたことはあったが、その時は臭いなど気にもしなかった。ただ今日は自分の臭いだからか、なんとなく恥ずかしさを感じた。
頭から熱いシャワーを浴びながら、レノはその恥ずかしさを掻き消すかのようにいつも以上に強く、念入りに身体を洗った。
シャワーの後は仮眠室か自宅でもう一眠りと思っていたが、シャワーを浴びてスッキリすると眠気はどこかに行ってしまっていた。かといってこのまま仕事に戻るのはなんとなく癪だった。時間は早いが飲みに行くかと考えたところで、自分の匂いが移ってしまったブランケットのことを思い出す。
(クリーニング持ってくか)
レノは帰り道のルートを考えながら、彼にしては集中力を欠いた状態でオフィスに向かって歩いていた。普段なら会社内でも気を抜いたりはしないのだが、今日はまだ疲れが残っていたのか、周囲を警戒することもなくただただぼんやり歩いていたので、通路の曲がり角の向こうからやってきた人に気づくのが遅れた。
「きゃっ」
「っと、悪ぃ」
小さな悲鳴が聞こえ、レノは咄嗟に避けようと身体を捻った。向こうからやってきたのはヒロインで、彼女も運悪く同じ方向に避けてしまったため、さらに慌てたヒロインがよろめいた。細いハイヒールだったせいで踵を滑らせたヒロインの身体が傾ぐ。レノはヒロインの腕を掴むと、ぐっと下半身に力を入れて自分の方に引いた。何とかヒロインと床の衝突は防げたが、組体操のような微妙なバランスをヒロインがずっと保っていられるはずもなく、ほどなくしてストンと床に座り込んだ。
「大丈夫か?」
レノがヒロインに向かって手を差し出すと、ヒロインは下を向いたまま頷いた。拒絶されるかと思ったが、レノの手に華奢なヒロインの手が載せられた。その爪には淡いピンク色のマニキュアが丁寧に塗られていた。細かいとこまで身だしなみを整えているのは新たな発見だった。それを知ることができて、レノは自然と口元に笑みを浮かべた。
「綺麗だな、マニキュア」
「…ありがと」
軽く手を引きつつヒロインの表情を覗こうとしたが、以前よりも伸びていた髪がそれを隠していた。
「じゃあ、私、書類出しに行くから」
そっけなく言ったヒロインが踵を返す。それを黙って見送るレノではない。ヒロインと近づけた数ヶ月ぶりのチャンスだ。これを逃す手はない。
「そのあと飯行こうぜ」
「は?何で」
足を止めて振り返ったヒロインが眉をひそめた。その心底嫌そうな顔が何だか懐かしい。が、少し前までは意識していると言って顔を赤くしていたにも関わらずそんな顔をするということは、もう意識していないということだろうか。それが少し寂しく感じ、レノは顔を曇らせた。
.
寝ているところを怒鳴り声で起こされたレノは思い切り顔をしかめた。耳をふさいでもう一度眠りに落ちようかと思ったが、半分目覚めたレノの脳みそがそれは悪手だと言う。長年の経験で、この手の警告は素直に聞くべきだと認識していていることもあり、レノは目を開けた。
覗き込んできたのはヒロインではなく、ツォンだった。
「あと、仕事の後はシャワーぐらい浴びろ。臭うぞ」
「まじか」
レノは思わず自分の身体の臭いを嗅いだ。確かに汗と砂埃の入り混じった嫌な臭いがする。
(起こしに来たのがヒロインじゃなくてよかったぞ、と)
ソファから立ち上がったレノの身体から、するりと何かが床に落ちた。それは夢の中でヒロインが掛けてくれたブランケットによく似ていた。レノはそれを拾い上げた。夢の中とは違い、いい匂いはしなかった。それどころか、自分の臭いが移ってしまったような気さえする。もしヒロインの物だとしたら、とてもそのまま返せそうにはなかった。
レノは頭をかくと、軽く畳んで自席の椅子の背にそれを掛けた。
今までも任務後に硝煙や血の臭いをまとったままオフィスに戻り、ヒロインに嫌な顔をされたことはあったが、その時は臭いなど気にもしなかった。ただ今日は自分の臭いだからか、なんとなく恥ずかしさを感じた。
頭から熱いシャワーを浴びながら、レノはその恥ずかしさを掻き消すかのようにいつも以上に強く、念入りに身体を洗った。
シャワーの後は仮眠室か自宅でもう一眠りと思っていたが、シャワーを浴びてスッキリすると眠気はどこかに行ってしまっていた。かといってこのまま仕事に戻るのはなんとなく癪だった。時間は早いが飲みに行くかと考えたところで、自分の匂いが移ってしまったブランケットのことを思い出す。
(クリーニング持ってくか)
レノは帰り道のルートを考えながら、彼にしては集中力を欠いた状態でオフィスに向かって歩いていた。普段なら会社内でも気を抜いたりはしないのだが、今日はまだ疲れが残っていたのか、周囲を警戒することもなくただただぼんやり歩いていたので、通路の曲がり角の向こうからやってきた人に気づくのが遅れた。
「きゃっ」
「っと、悪ぃ」
小さな悲鳴が聞こえ、レノは咄嗟に避けようと身体を捻った。向こうからやってきたのはヒロインで、彼女も運悪く同じ方向に避けてしまったため、さらに慌てたヒロインがよろめいた。細いハイヒールだったせいで踵を滑らせたヒロインの身体が傾ぐ。レノはヒロインの腕を掴むと、ぐっと下半身に力を入れて自分の方に引いた。何とかヒロインと床の衝突は防げたが、組体操のような微妙なバランスをヒロインがずっと保っていられるはずもなく、ほどなくしてストンと床に座り込んだ。
「大丈夫か?」
レノがヒロインに向かって手を差し出すと、ヒロインは下を向いたまま頷いた。拒絶されるかと思ったが、レノの手に華奢なヒロインの手が載せられた。その爪には淡いピンク色のマニキュアが丁寧に塗られていた。細かいとこまで身だしなみを整えているのは新たな発見だった。それを知ることができて、レノは自然と口元に笑みを浮かべた。
「綺麗だな、マニキュア」
「…ありがと」
軽く手を引きつつヒロインの表情を覗こうとしたが、以前よりも伸びていた髪がそれを隠していた。
「じゃあ、私、書類出しに行くから」
そっけなく言ったヒロインが踵を返す。それを黙って見送るレノではない。ヒロインと近づけた数ヶ月ぶりのチャンスだ。これを逃す手はない。
「そのあと飯行こうぜ」
「は?何で」
足を止めて振り返ったヒロインが眉をひそめた。その心底嫌そうな顔が何だか懐かしい。が、少し前までは意識していると言って顔を赤くしていたにも関わらずそんな顔をするということは、もう意識していないということだろうか。それが少し寂しく感じ、レノは顔を曇らせた。
.