立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花 8
ヒロイン
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こじれた関係が簡単に修復するわけもなく、相変わらず二人はギクシャクした日々を過ごしていた。
さすがにツォンも二人の不自然な様子に気づいていたが、表面上は特に問題が起きているわけではなかったため静観していた。一方でルードとイリーナは話しかけない、目も合わせない、無駄に距離を取る二人に呆れ返っていた。二人の間にあるのが嫌悪感ではなく、青臭い感情であることが、より一層呆れに拍車を掛ける。まるで子供のようだと思っていたが、ルードとイリーナはそれを口には出さなかった。出したところで何も変わらないからだ。
当のレノはというと、ルードとイリーナが呆れ果てている様子を隠しもしないことに苛立ちつつも、何一つ行動に移せずにいた。ヒロインの自宅に行った翌日、なんとかヒロインと話をしようと試みたのだが、タークス顔負けの見事な回避術でことごとく躱された。さらに次の日、また次の日と機会は狙っていたものの、ヒロインの警戒は緩むことなく、1週間経たない内にレノは話すことを諦めた。ここまで頑なに避けるということは、話をしたくないのだろう。普段ならそこで気持ちを切り替えることもできたのだが、何故かそれも上手く行かず、レノは悶々としていた。
話しかけるのを諦めた日から、レノはヒロインを目で追うことが多くなった。
退院した頃の短い髪も悪くなかったが、やっぱり長い方が似合いそうだとか、仕事が暇な日の午後にうとうとしている無防備なヒロインは意外と幼く見えるなとか、イリーナがいないときの昼はいつも退屈そうだなとか。よくよく観察していると、知らなかった一面が見えることもあり、レノは密かにそれを楽しんでいた。
ヒロインがその密かな楽しみに気づくことなかったが、さすがタークスと言うべきか、イリーナはレノがヒロインを見ていることにすぐに気づいた。
「まるでストーカーっすね」
誰がストーカーだ、と言い返したくなったが、冷静に自分のやっていたことを振り返ると、まぁ確かにイリーナの言うことはもっともかもしれない。最後に「気持ち悪い」と言われたことだけは、納得できなかったが。
ヒロインが退院したあの日、もしヒロインを茶化していなかったなら、どうなっていただろう。こんな気まずい関係ではなかったかもしれない。頼み事のたびに向けてくれた笑顔もかれこれ数ヶ月見ていない。同じオフィスにいても距離は遠く、会話は最低限の事務連絡ぐらいだ。きつい言葉で罵られていた頃が懐かしい。などと言ったら、イリーナはきっと嫌悪感を隠そうともしないだろう。
今までにない感情に上手く名前をつけられないのがもどかしい。レノはヒロインにわからないように溜息をついた。
結局何もしないまま月日は過ぎ、ヒロインの髪がもうすぐ肩ぐらいの長さになろうかという頃、徹夜での張り込み任務を終えたレノは早朝にオフィスに戻った。容赦なく襲いかかる睡魔と、重力に逆らえない瞼と必死に戦いながら、レノはパソコンの画面を睨みつけていた。
「あーくそ、ねみぃ…」
目を細めて焦点を合わせながら、レノは力尽きる前にと必死で備品の返却数を入力する。いつもなら任務を終えたら直帰するのだが、今日だけは帰る前に処理を終えておく必要があった。なぜなら、今日は備品の棚卸しをすると事前にヒロインから連絡があったからだ。
何度も意識を飛ばしながらも何とか入力を終えたレノは、持ち帰った備品の入ったバッグを備品棚に乱暴に突っ込んだ。きれいに戻さないとヒロインは怒るだろうが、これぐらいは許してもらおう。そう心の中でヒロインに謝り、レノはオフィスの隅にあるソファに倒れ込んだ。帰るのも仮眠室に行くのも面倒だった。
今日の朝の行いがよかったのか、そのとき見た夢の中にずっといたいと思えるほど幸せな夢だった。
――疲れてるのにありがとう。
ヒロインが前のように――いや、前よりも柔らかい笑顔を浮かべた。そして、どこから持ってきたのかブランケットを掛けてくれた。それはとてもいい匂いがして、レノは幸せな気分で目を閉じた。
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さすがにツォンも二人の不自然な様子に気づいていたが、表面上は特に問題が起きているわけではなかったため静観していた。一方でルードとイリーナは話しかけない、目も合わせない、無駄に距離を取る二人に呆れ返っていた。二人の間にあるのが嫌悪感ではなく、青臭い感情であることが、より一層呆れに拍車を掛ける。まるで子供のようだと思っていたが、ルードとイリーナはそれを口には出さなかった。出したところで何も変わらないからだ。
当のレノはというと、ルードとイリーナが呆れ果てている様子を隠しもしないことに苛立ちつつも、何一つ行動に移せずにいた。ヒロインの自宅に行った翌日、なんとかヒロインと話をしようと試みたのだが、タークス顔負けの見事な回避術でことごとく躱された。さらに次の日、また次の日と機会は狙っていたものの、ヒロインの警戒は緩むことなく、1週間経たない内にレノは話すことを諦めた。ここまで頑なに避けるということは、話をしたくないのだろう。普段ならそこで気持ちを切り替えることもできたのだが、何故かそれも上手く行かず、レノは悶々としていた。
話しかけるのを諦めた日から、レノはヒロインを目で追うことが多くなった。
退院した頃の短い髪も悪くなかったが、やっぱり長い方が似合いそうだとか、仕事が暇な日の午後にうとうとしている無防備なヒロインは意外と幼く見えるなとか、イリーナがいないときの昼はいつも退屈そうだなとか。よくよく観察していると、知らなかった一面が見えることもあり、レノは密かにそれを楽しんでいた。
ヒロインがその密かな楽しみに気づくことなかったが、さすがタークスと言うべきか、イリーナはレノがヒロインを見ていることにすぐに気づいた。
「まるでストーカーっすね」
誰がストーカーだ、と言い返したくなったが、冷静に自分のやっていたことを振り返ると、まぁ確かにイリーナの言うことはもっともかもしれない。最後に「気持ち悪い」と言われたことだけは、納得できなかったが。
ヒロインが退院したあの日、もしヒロインを茶化していなかったなら、どうなっていただろう。こんな気まずい関係ではなかったかもしれない。頼み事のたびに向けてくれた笑顔もかれこれ数ヶ月見ていない。同じオフィスにいても距離は遠く、会話は最低限の事務連絡ぐらいだ。きつい言葉で罵られていた頃が懐かしい。などと言ったら、イリーナはきっと嫌悪感を隠そうともしないだろう。
今までにない感情に上手く名前をつけられないのがもどかしい。レノはヒロインにわからないように溜息をついた。
結局何もしないまま月日は過ぎ、ヒロインの髪がもうすぐ肩ぐらいの長さになろうかという頃、徹夜での張り込み任務を終えたレノは早朝にオフィスに戻った。容赦なく襲いかかる睡魔と、重力に逆らえない瞼と必死に戦いながら、レノはパソコンの画面を睨みつけていた。
「あーくそ、ねみぃ…」
目を細めて焦点を合わせながら、レノは力尽きる前にと必死で備品の返却数を入力する。いつもなら任務を終えたら直帰するのだが、今日だけは帰る前に処理を終えておく必要があった。なぜなら、今日は備品の棚卸しをすると事前にヒロインから連絡があったからだ。
何度も意識を飛ばしながらも何とか入力を終えたレノは、持ち帰った備品の入ったバッグを備品棚に乱暴に突っ込んだ。きれいに戻さないとヒロインは怒るだろうが、これぐらいは許してもらおう。そう心の中でヒロインに謝り、レノはオフィスの隅にあるソファに倒れ込んだ。帰るのも仮眠室に行くのも面倒だった。
今日の朝の行いがよかったのか、そのとき見た夢の中にずっといたいと思えるほど幸せな夢だった。
――疲れてるのにありがとう。
ヒロインが前のように――いや、前よりも柔らかい笑顔を浮かべた。そして、どこから持ってきたのかブランケットを掛けてくれた。それはとてもいい匂いがして、レノは幸せな気分で目を閉じた。
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