悩める彼女に愛の手を 4
ヒロイン
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肩を抱かれ、過去最高に近い距離で見つめ合ったレノの目はとてもきれいだった。そして、男性なのにとてもいい匂いがした。夜なのに身だしなみに気を使っているレノと、残業して身だしなみなど気にも留めなかった自分を比べると、とても恥ずかしくなった。
さらに、キスしている振り。実際に唇が触れることはなかったが、レノの呼吸を感じたところで、ヒロインはまたしても意識を失った。
ベッドがわずかに軋んだ気がした。その少し後、聞き慣れた携帯のバイブ音が鳴り、ヒロインは目を開けた。まだ夜なのか部屋は暗かった。
いつもの景色といつもの匂い。それに安堵しつつも、わずかにいつもと違う匂いがした気がした。その匂いは、ヒロインの中では数分前に嗅いだもので、それが何だったのかも思い出した。
「ああああああ!!!」
レノの顔が間近に迫ったことを思い出し、ヒロインは恥ずかしさのあまり夜にも関わらず大声を上げて飛び起きた。
「うおっ」
すると、足元の方からその恥ずかしさの原因であるレノが驚いて声を上げた。
「元気そう…だな」
「え、うそ、何で?どうして?あれ、私、駅前で…」
駅前で車を待っているときにレノに会い、同僚を追い払うためにキスの振りをし、そのレノが自分の部屋でベッドに腰掛けている。ヒロインは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。顔が熱い。
「あー…えっと――悪かったな。男追い払うとはいえ、不意打ちで…」
「だっ、大丈夫です!それより、あの…ありがとうございました」
あのあと気絶したヒロインを、レノは部屋まで運んでくれたようだった。感謝はしているが、それ以上に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。気を確かに持っていれば、レノを煩わせることはなかった。朝、これ以上の醜態はないと思っていたが、現実は悪い意味で想像の上を行く。さすがに情けなすぎて、ヒロインの気持ちは沈む一方だった。
それでもレノは優しく、大丈夫かと声を掛け、心配そうな顔を向ける。こんなにどうしようもない自分を、どうして気にかけてくれるのだろう。その疑問に対する答えを、ヒロインは一つだけ持っていた。
「レノさんが私に優しくしてくれるのは、彼の――社長の血縁者だから、ですか?」
いいところだけ掬い上げて旨味をすすればよいものを、その奥にあるものを知らぬ振りで通すことができないのは、ヒロインの長所でもあり短所でもある。レノが気遣ってくれる理由など聞かなければよかった、と後悔するのは目に見えていたが、ヒロインは聞かずにはいられなかった。
案の定、レノは暗い部屋でもはっきりわかるほど困った顔をしていた。
「そう、ですよね…レノさんは、私がしてきたこと、ご存知ですもんね。そんな女に普通は優しくなんて――」
「違うぞ、と」
わずかな怒りと迷いが、その短い言葉に載せられていた。
「初めて会ったときのこと、覚えてるか?」
レノが視線を遠くに向けた。まるで昔をゆっくりと思い出しているかのように。一方ヒロインは少し前の記憶を手繰り寄せた。
「この前のパーティー?」
ゆっくりと左右に首を振られ、ヒロインは大きく息を飲んだ。レノは、3年前のことを覚えているのだ。あの日、あの場所、あの惨めな姿を。ヒロインの気分はさらに沈み込み、暗い顔で俯くことしかできなかった。
「もう10年以上前、隣に女の子が住んでたんだ。その子は静かで、大人しくて、恥ずかしがりで…でも、歌ってるときは堂々としていて、すげえ歌上手かったんだよ」
レノの言葉で、一人になってからの辛い記憶で蓋をしていた鮮やかな思い出が蘇る。
隣に同い年ぐらいの少年が住んでいるのは知っていた。元気な赤毛の少年。彼はみんなの人気者で、友達といることが多かった。引っ込み思案のヒロインがその輪に加われるはずもなく、その日はいつものように母の帰りを待ちながら庭で歌を歌っていた。天気もよく、気温も申し分なく、風の気持ちいい日だった。いつもより声を張って流行りの曲を一曲歌うと、突然隣の庭から拍手が聞こえた。その時初めて、真っ直ぐ少年の顔を見た。少年は興奮した様子で、ずっと拍手をしてくれた。歌を聞かれていた以上に、自分の歌に拍手をもらえたことが嬉しいやら恥ずかしいやらで、お礼も言わずに家に入ってしまったことをずっと後悔していた。
もう一度会いたい。会ってお礼を言えたら――
その大事な気持ちも、その後の出来事ですっかり忘れてしまっていた。
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さらに、キスしている振り。実際に唇が触れることはなかったが、レノの呼吸を感じたところで、ヒロインはまたしても意識を失った。
ベッドがわずかに軋んだ気がした。その少し後、聞き慣れた携帯のバイブ音が鳴り、ヒロインは目を開けた。まだ夜なのか部屋は暗かった。
いつもの景色といつもの匂い。それに安堵しつつも、わずかにいつもと違う匂いがした気がした。その匂いは、ヒロインの中では数分前に嗅いだもので、それが何だったのかも思い出した。
「ああああああ!!!」
レノの顔が間近に迫ったことを思い出し、ヒロインは恥ずかしさのあまり夜にも関わらず大声を上げて飛び起きた。
「うおっ」
すると、足元の方からその恥ずかしさの原因であるレノが驚いて声を上げた。
「元気そう…だな」
「え、うそ、何で?どうして?あれ、私、駅前で…」
駅前で車を待っているときにレノに会い、同僚を追い払うためにキスの振りをし、そのレノが自分の部屋でベッドに腰掛けている。ヒロインは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。顔が熱い。
「あー…えっと――悪かったな。男追い払うとはいえ、不意打ちで…」
「だっ、大丈夫です!それより、あの…ありがとうございました」
あのあと気絶したヒロインを、レノは部屋まで運んでくれたようだった。感謝はしているが、それ以上に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。気を確かに持っていれば、レノを煩わせることはなかった。朝、これ以上の醜態はないと思っていたが、現実は悪い意味で想像の上を行く。さすがに情けなすぎて、ヒロインの気持ちは沈む一方だった。
それでもレノは優しく、大丈夫かと声を掛け、心配そうな顔を向ける。こんなにどうしようもない自分を、どうして気にかけてくれるのだろう。その疑問に対する答えを、ヒロインは一つだけ持っていた。
「レノさんが私に優しくしてくれるのは、彼の――社長の血縁者だから、ですか?」
いいところだけ掬い上げて旨味をすすればよいものを、その奥にあるものを知らぬ振りで通すことができないのは、ヒロインの長所でもあり短所でもある。レノが気遣ってくれる理由など聞かなければよかった、と後悔するのは目に見えていたが、ヒロインは聞かずにはいられなかった。
案の定、レノは暗い部屋でもはっきりわかるほど困った顔をしていた。
「そう、ですよね…レノさんは、私がしてきたこと、ご存知ですもんね。そんな女に普通は優しくなんて――」
「違うぞ、と」
わずかな怒りと迷いが、その短い言葉に載せられていた。
「初めて会ったときのこと、覚えてるか?」
レノが視線を遠くに向けた。まるで昔をゆっくりと思い出しているかのように。一方ヒロインは少し前の記憶を手繰り寄せた。
「この前のパーティー?」
ゆっくりと左右に首を振られ、ヒロインは大きく息を飲んだ。レノは、3年前のことを覚えているのだ。あの日、あの場所、あの惨めな姿を。ヒロインの気分はさらに沈み込み、暗い顔で俯くことしかできなかった。
「もう10年以上前、隣に女の子が住んでたんだ。その子は静かで、大人しくて、恥ずかしがりで…でも、歌ってるときは堂々としていて、すげえ歌上手かったんだよ」
レノの言葉で、一人になってからの辛い記憶で蓋をしていた鮮やかな思い出が蘇る。
隣に同い年ぐらいの少年が住んでいるのは知っていた。元気な赤毛の少年。彼はみんなの人気者で、友達といることが多かった。引っ込み思案のヒロインがその輪に加われるはずもなく、その日はいつものように母の帰りを待ちながら庭で歌を歌っていた。天気もよく、気温も申し分なく、風の気持ちいい日だった。いつもより声を張って流行りの曲を一曲歌うと、突然隣の庭から拍手が聞こえた。その時初めて、真っ直ぐ少年の顔を見た。少年は興奮した様子で、ずっと拍手をしてくれた。歌を聞かれていた以上に、自分の歌に拍手をもらえたことが嬉しいやら恥ずかしいやらで、お礼も言わずに家に入ってしまったことをずっと後悔していた。
もう一度会いたい。会ってお礼を言えたら――
その大事な気持ちも、その後の出来事ですっかり忘れてしまっていた。
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