立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花 7
ヒロイン
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いきなりレノにキスされた驚きとショックでその場で大泣きした挙げ句、仕事をさぼって家に帰ってきてしまったヒロインは自宅玄関で一人、膝を抱えて座り込んでいた。
やってしまった――
仕事をさぼってしまった罪悪感と明日ツォンに謝らなければならないことを考えると溜息しか出ない。ヒロインは、帰ってきてからもう数え切れないぐらい吐いた溜息を再び零した。
そして、今に至るまで目を背け続けていたが、仕事以上に困ったことになってしまったのはレノとの関係だった。
今のヒロインは『恥ずかしい』という感情でいっぱいだった。初めてだったと思わず言ってしまったときのことを思い出すと、羞恥で顔が真っ赤になる。さらに街中で人目を憚ることなく泣いてしまったことも、それに拍車をかける。
「絶対、ドン引かれた…」
ヒロインは頭を抱えて今度はその場に突っ伏した。
公言は一切していなかったが、ヒロインには男性との付き合いはおろか、キスも身体の関係も何もかも経験がない。男性に言い寄られること数多。にも関わらず、いい年して男性経験がないのは、ヒロインのコンプレックスだった。ヒロインの見た目で、誰が処女だと思うだろう。レノもまさかヒロインがキスすらしたことがないとは思っていなかったはずだ。
いつも男性をあしらっているときのように、レノと軽口を叩き合っていた頃のように、キスぐらい何でもないと笑い飛ばせたならどんなによかったか。しかし実際は突然のことに頭で考えて反応できず、感情のまま泣くことしかできなかった。
「最悪だ…」
時間を巻き戻せるなら、キスされた瞬間に戻って、これぐらい何でもないと笑い飛ばしたい。
そこまで考えて、ヒロインははっとした。そう、次にレノに会ったとき、気にしていないと澄ました顔をして笑って見せたらいい。そして、キスぐらいなんてことないと言うのだ。
これはとてもいい考えだ。ヒロインはがばっと身体を起こした。自然と口元に笑みが浮かんでくる。
「私が言ったこととレノがしたこと考えたらおあいこだよねー」
だからいつも通りにできるはず。少しずつ元気が出てきたヒロインは数時間ぶりに沈みに沈んだ心が浮き上がるのを感じていた。
しかし、それも長くは続かなかった。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。ヒロインはそれに反応して立ち上がったが、長く同じ格好でいたために身体がすっかり強張っていたのと、足の痺れで素早く動くことができずにいた。壁に手をついてよろよろと立ち上がり、痺れる足を引きずりながらインターホンの方に向かっていると、催促するようにもう一度インターホンが鳴った。もうすぐ辿り着くというところでもう一度。なんて落ち着きのない訪問者だろうか。宅配業者でも2回目には諦める。ヒロインは少し苛立ちながら、画面に映る訪問者を見た。
「…何で」
ようやく軽くなった心が再びずんと重くなる。
画面に映っていたのはレノだった。解像度の低いカメラに映ってもそうと分かる赤い髪――と、端正な顔立ち。余計なことを思ってしまったヒロインの顔が、キスのことを思い出して真っ赤になった。
このレノとキスをした。ということを改めて実感してしまい、先程とは別の種類の恥ずかしさがこみ上げてくる。心臓が大きく脈打ち、呼吸が荒くなる。心臓を両手で抑えながら、ヒロインは応答するか迷っていた。
再びインターホンが鳴った。
レノの不意打ちのせいで、先程の決意はどこかへ行ってしまった。出るべきか、出ざるべきか。気持ちが居留守に傾きかけたのを見越したかのように、今度は社用携帯が鳴った。ディスプレイにはレノの名前が表示されている。包囲網が敷かれているような気分になり、ヒロインはもう逃げられないと悟った。タークスに追いかけられている逃亡犯は、いつもこんな気持ちなのかもしれない。
ヒロインは居留守を諦め、携帯に出た。
「…はい」
つい数分まで『気にしていない』態度を取ろうとしていたのに、自然と出た第一声はそれはもう暗く沈んだ声だった。それだけでいろいろなことが嫌になってくる。
『今、家か?』
「…そうだけど」
そう答えると、画面に紙袋が映し出された。それは、駅前のケーキ店の紙袋だった。
『忘れ物届けにきたぞ、と。あと、キスしたこと、謝りに――』
「へ?あ…ちょっと!そんなところで言わなくても!!もう、いいから入ってきて!!」
誰にも知られたくないことを自宅前で持ち出されたヒロインは、羞恥心で全身が熱くなるのを感じた。
マンションのエントランスに他に人はいなかったかもしれない。それでも用心するに越したことはなかった。
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やってしまった――
仕事をさぼってしまった罪悪感と明日ツォンに謝らなければならないことを考えると溜息しか出ない。ヒロインは、帰ってきてからもう数え切れないぐらい吐いた溜息を再び零した。
そして、今に至るまで目を背け続けていたが、仕事以上に困ったことになってしまったのはレノとの関係だった。
今のヒロインは『恥ずかしい』という感情でいっぱいだった。初めてだったと思わず言ってしまったときのことを思い出すと、羞恥で顔が真っ赤になる。さらに街中で人目を憚ることなく泣いてしまったことも、それに拍車をかける。
「絶対、ドン引かれた…」
ヒロインは頭を抱えて今度はその場に突っ伏した。
公言は一切していなかったが、ヒロインには男性との付き合いはおろか、キスも身体の関係も何もかも経験がない。男性に言い寄られること数多。にも関わらず、いい年して男性経験がないのは、ヒロインのコンプレックスだった。ヒロインの見た目で、誰が処女だと思うだろう。レノもまさかヒロインがキスすらしたことがないとは思っていなかったはずだ。
いつも男性をあしらっているときのように、レノと軽口を叩き合っていた頃のように、キスぐらい何でもないと笑い飛ばせたならどんなによかったか。しかし実際は突然のことに頭で考えて反応できず、感情のまま泣くことしかできなかった。
「最悪だ…」
時間を巻き戻せるなら、キスされた瞬間に戻って、これぐらい何でもないと笑い飛ばしたい。
そこまで考えて、ヒロインははっとした。そう、次にレノに会ったとき、気にしていないと澄ました顔をして笑って見せたらいい。そして、キスぐらいなんてことないと言うのだ。
これはとてもいい考えだ。ヒロインはがばっと身体を起こした。自然と口元に笑みが浮かんでくる。
「私が言ったこととレノがしたこと考えたらおあいこだよねー」
だからいつも通りにできるはず。少しずつ元気が出てきたヒロインは数時間ぶりに沈みに沈んだ心が浮き上がるのを感じていた。
しかし、それも長くは続かなかった。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。ヒロインはそれに反応して立ち上がったが、長く同じ格好でいたために身体がすっかり強張っていたのと、足の痺れで素早く動くことができずにいた。壁に手をついてよろよろと立ち上がり、痺れる足を引きずりながらインターホンの方に向かっていると、催促するようにもう一度インターホンが鳴った。もうすぐ辿り着くというところでもう一度。なんて落ち着きのない訪問者だろうか。宅配業者でも2回目には諦める。ヒロインは少し苛立ちながら、画面に映る訪問者を見た。
「…何で」
ようやく軽くなった心が再びずんと重くなる。
画面に映っていたのはレノだった。解像度の低いカメラに映ってもそうと分かる赤い髪――と、端正な顔立ち。余計なことを思ってしまったヒロインの顔が、キスのことを思い出して真っ赤になった。
このレノとキスをした。ということを改めて実感してしまい、先程とは別の種類の恥ずかしさがこみ上げてくる。心臓が大きく脈打ち、呼吸が荒くなる。心臓を両手で抑えながら、ヒロインは応答するか迷っていた。
再びインターホンが鳴った。
レノの不意打ちのせいで、先程の決意はどこかへ行ってしまった。出るべきか、出ざるべきか。気持ちが居留守に傾きかけたのを見越したかのように、今度は社用携帯が鳴った。ディスプレイにはレノの名前が表示されている。包囲網が敷かれているような気分になり、ヒロインはもう逃げられないと悟った。タークスに追いかけられている逃亡犯は、いつもこんな気持ちなのかもしれない。
ヒロインは居留守を諦め、携帯に出た。
「…はい」
つい数分まで『気にしていない』態度を取ろうとしていたのに、自然と出た第一声はそれはもう暗く沈んだ声だった。それだけでいろいろなことが嫌になってくる。
『今、家か?』
「…そうだけど」
そう答えると、画面に紙袋が映し出された。それは、駅前のケーキ店の紙袋だった。
『忘れ物届けにきたぞ、と。あと、キスしたこと、謝りに――』
「へ?あ…ちょっと!そんなところで言わなくても!!もう、いいから入ってきて!!」
誰にも知られたくないことを自宅前で持ち出されたヒロインは、羞恥心で全身が熱くなるのを感じた。
マンションのエントランスに他に人はいなかったかもしれない。それでも用心するに越したことはなかった。
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