立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花 7
ヒロイン
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――初めてだったのに
そう言ってヒロインは泣いた。
人目を憚ることなく大粒の涙を流したヒロインの姿に衝撃を受け、何も考えることができないまま、レノはとりあえず会社に戻るという一番簡単な行動を取った。
レノが買ったものとヒロインが買ったもの。二つの紙袋を提げて戻ったオフィスには誰もいなかった。レノは律儀にそれらを冷蔵庫に入れてから、オフィスのソファに仰向けに寝転がった。
静かな場所で一人、先程の出来事を振り返ると、自分の愚かさ加減がようやく現実問題として認識できてきた。
「初めてって…マジか」
レノは思わず頭を押さえた。
思えばヒロインと出会ってから今まで、ヒロインに彼氏がいたという話は聞いたことがない。声をかけられても、自分にまとわりつく虫を払うように雑にあしらっていたことを思い出し、ますます自分のしでかした事の大きさに青ざめた。
「只今戻りました。って、レノ先輩だけか」
明るく脳天気なイリーナの声が聞こえたが、レノは身体を起こす気力すらなく、寝転がったままケーキは冷蔵庫にあることを伝えた。すぐに冷蔵庫の方に向かうかと思われたが、イリーナはレノの方にニコニコしながらやってきた。
「で、どうでした?」
「…何が」
レノは思い切り顔をしかめた。今はイリーナに構う気分ではない。そう意思表示をしたつもりだが、イリーナは去る様子もなく、満面の笑みを浮かべたままだ。
「何って、ヒロインと仲直り、できました?」
「は?」
思わずレノは素っ頓狂な声を上げた。
「もう、せっかく気を利かせたのに!レノ先輩、まさかずーっとそんな不機嫌な顔してたわけじゃないですよね?だから、ヒロインが言い出せなかったとか?どうなんですか!?」
矢継ぎ早に問われ、さらにイリーナに詰め寄られ、レノは思わず身体を起こしてイリーナから距離を取った。
「仲直りって、何のことだよ」
大いに心当たりはあったが、レノは念のためイリーナに尋ねた。すると、イリーナは呆れたように大きな溜息をついた。
「気づかれてないって思ってました?私もタークスなんですよ。あんなにギクシャクしてたら、誰だって気づきます。私はオトナだから気づかない振りしてあげてたんです」
やたら『オトナ』を強調し、イリーナは得意げな顔をした。
ひたすら一人で話をするイリーナの言葉を要約するとこうだ。ヒロインが、退院した日にレノに言ったことを謝ろうとしているがなかなかきっかけがなく、イリーナが手助けすることにした。今日の誘いは二人の仲直りが目的だった、と。
それを知り、ますますレノは落ち込んだ。確かにヒロインはレノに謝罪をした。が、あろうことかそれを素直に受け取らなかった上に、考えられうる限りで最悪の傷つけ方をした。再び目の前で泣いたヒロインを思い出し、レノの顔は自然と曇った。そして、その表情の変化を目ざとく見ていたイリーナが訝しげに眉を顰めた。
「まさか…何かやらかしたんですか?」
レノはぎくりとし、彼らしくなくその動揺を表に出した。
「襲ったとか、じゃないですよね?」
「なっ!?」
レノはソファから飛び起きた。
「ち、違うぞ、と!キスしただけ――」
「はあああああ!?」
イリーナの大声がオフィス中に響き渡った。もしツォンがいたなら、イリーナに雷を落としたことだろう。しかし、今雷が落ちようとしているのはレノの方だった。
「キスした!?バカなんすか!?セクハラの限界超えてます――てか、マジで最低なんすけど!!」
レノへの罵詈雑言はとどまることを知らない。イリーナはヒロインでも言わないレベルのありとあらゆる暴言を吐き、レノはそれを否定することもできず、ただただイリーナの怒りを受け続けるしかなかった。
「その目、飾りですか?先輩がいつも連れてる女とヒロインが真逆だって、見てたらわかるでしょ!?」
――慣れてない。
抱きついたとき、ヒロインははっきりとそう言った。イリーナに言われて今までのことを振り返ってみれば、ヒロインが遊び慣れしていないのは一目瞭然だった。まさかキスすら初めてとは思わなかった――というのは、言い訳にもならなかった。
.
そう言ってヒロインは泣いた。
人目を憚ることなく大粒の涙を流したヒロインの姿に衝撃を受け、何も考えることができないまま、レノはとりあえず会社に戻るという一番簡単な行動を取った。
レノが買ったものとヒロインが買ったもの。二つの紙袋を提げて戻ったオフィスには誰もいなかった。レノは律儀にそれらを冷蔵庫に入れてから、オフィスのソファに仰向けに寝転がった。
静かな場所で一人、先程の出来事を振り返ると、自分の愚かさ加減がようやく現実問題として認識できてきた。
「初めてって…マジか」
レノは思わず頭を押さえた。
思えばヒロインと出会ってから今まで、ヒロインに彼氏がいたという話は聞いたことがない。声をかけられても、自分にまとわりつく虫を払うように雑にあしらっていたことを思い出し、ますます自分のしでかした事の大きさに青ざめた。
「只今戻りました。って、レノ先輩だけか」
明るく脳天気なイリーナの声が聞こえたが、レノは身体を起こす気力すらなく、寝転がったままケーキは冷蔵庫にあることを伝えた。すぐに冷蔵庫の方に向かうかと思われたが、イリーナはレノの方にニコニコしながらやってきた。
「で、どうでした?」
「…何が」
レノは思い切り顔をしかめた。今はイリーナに構う気分ではない。そう意思表示をしたつもりだが、イリーナは去る様子もなく、満面の笑みを浮かべたままだ。
「何って、ヒロインと仲直り、できました?」
「は?」
思わずレノは素っ頓狂な声を上げた。
「もう、せっかく気を利かせたのに!レノ先輩、まさかずーっとそんな不機嫌な顔してたわけじゃないですよね?だから、ヒロインが言い出せなかったとか?どうなんですか!?」
矢継ぎ早に問われ、さらにイリーナに詰め寄られ、レノは思わず身体を起こしてイリーナから距離を取った。
「仲直りって、何のことだよ」
大いに心当たりはあったが、レノは念のためイリーナに尋ねた。すると、イリーナは呆れたように大きな溜息をついた。
「気づかれてないって思ってました?私もタークスなんですよ。あんなにギクシャクしてたら、誰だって気づきます。私はオトナだから気づかない振りしてあげてたんです」
やたら『オトナ』を強調し、イリーナは得意げな顔をした。
ひたすら一人で話をするイリーナの言葉を要約するとこうだ。ヒロインが、退院した日にレノに言ったことを謝ろうとしているがなかなかきっかけがなく、イリーナが手助けすることにした。今日の誘いは二人の仲直りが目的だった、と。
それを知り、ますますレノは落ち込んだ。確かにヒロインはレノに謝罪をした。が、あろうことかそれを素直に受け取らなかった上に、考えられうる限りで最悪の傷つけ方をした。再び目の前で泣いたヒロインを思い出し、レノの顔は自然と曇った。そして、その表情の変化を目ざとく見ていたイリーナが訝しげに眉を顰めた。
「まさか…何かやらかしたんですか?」
レノはぎくりとし、彼らしくなくその動揺を表に出した。
「襲ったとか、じゃないですよね?」
「なっ!?」
レノはソファから飛び起きた。
「ち、違うぞ、と!キスしただけ――」
「はあああああ!?」
イリーナの大声がオフィス中に響き渡った。もしツォンがいたなら、イリーナに雷を落としたことだろう。しかし、今雷が落ちようとしているのはレノの方だった。
「キスした!?バカなんすか!?セクハラの限界超えてます――てか、マジで最低なんすけど!!」
レノへの罵詈雑言はとどまることを知らない。イリーナはヒロインでも言わないレベルのありとあらゆる暴言を吐き、レノはそれを否定することもできず、ただただイリーナの怒りを受け続けるしかなかった。
「その目、飾りですか?先輩がいつも連れてる女とヒロインが真逆だって、見てたらわかるでしょ!?」
――慣れてない。
抱きついたとき、ヒロインははっきりとそう言った。イリーナに言われて今までのことを振り返ってみれば、ヒロインが遊び慣れしていないのは一目瞭然だった。まさかキスすら初めてとは思わなかった――というのは、言い訳にもならなかった。
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