立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花 6
ヒロイン
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
駅前のケーキ屋は平日の開店前にも関わらず、既に20人ほどが列を作っていた。その殆どが女性で、前回来たとき同様、男のレノは少し浮いていた。その上、本人が眉目秀麗とあっては、周囲の視線を集めるのもやむを得ないことだった。
「なぁ、オレ帰っていいか?」
「ダメです!」
念のためイリーナに確認してみたが、にべもなく断られてレノは大きく溜息をついた。煩わしいのはこちらを盗み見る視線やこそこそ話だけではない。何より気に入らないのが隣にいるヒロインだった。ヒロインは会社を出てから今に至るまで、一度もレノの方を見ていないし話しかけてすらこない。まるでいないもの扱いだ。
ミッドガルロールの列も一向に動きそうにない。退屈で最悪な状況だったが、イリーナがいることでわずかながら気まずい空気にならずに済んでいることだけは、後輩に感謝した。
ところが、それも長くは続かなかった。
「え…あー…はい、戻ります…」
ようやく開店時間になったタイミングでイリーナの携帯に電話が入った。電話が終わると、イリーナはわかりやすく暗い顔をして項垂れていた。
「仕事、入った…戻らなきゃ…レノ先輩、私の分、頼みましたからね!!」
「は?」
「え?」
レノとヒロインは同時に声を上げた。今の二人の状況に全く気づいていないイリーナは、自分のミッドガルロールの心配だけして去っていった。ちらりとヒロインを見ると、その横顔にははっきりと気まずいと書かれていた。
イリーナがいなくなって静かになったことで、より周囲の声が聞こえてくるようになった。女性特有の自分たちだけ盛り上がって騒ぐ声は煩わしいことこの上ない。容姿が褒められているとしても、あの黄色い歓声だけはどうにも好きになれなかった。
「ね、あの子すっごく可愛くない?お人形みたい。彼女かな?」
ちょうど折り返した列の数列向こう側から聞こえてきた声にレノははっとし、いいことを思いついたとにやりと笑った。相変わらずヒロインはこちらを見ず、どこか遠くを見ている。レノは気づかれないようにヒロインの背後に回ると、ヒロインの腰に腕を回して背後から抱きついた。
「っ!」
腕の中でヒロインが固まったのを感じた。
「彼女いるってわかったら黙るだろうから、しばらくこうしてようぜ」
「え!?はあ?」
ヒロインの声のトーンが少し低くなった。レノはヒロインをからかってやろうと、首筋に顔を埋めて、その首筋にわざと音を立ててキスをした。
「ちょっ…何して――」
「いいだろ、これぐらい。慣れてるだろ?あぁ、あの男じゃないと嫌とか?」
レノが小馬鹿にして笑うと、ヒロインの顔が明らかに強張った。その顔は昨日と同じだったが、今日は逃げることができない状況だ。さあどうする?この大勢の前で怒鳴るのか、それともこのまま無言を貫くのか。
正解はそのどちらでもなかった。
「…慣れてない」
自分の足元を見て、ヒロインがぽつりと言った。
「それに、昨日はあのまま帰った」
本当なのかとヒロインに追い打ちをかけようとしたところで、知り合いの声が聞こえ、レノが言葉を飲み込んだ。
「いちゃつくならうちの店の外でやれよ、レノ」
レノはヒロインを促し、ヒロインを抱きしめたまま店内に足を踏み入れた。
「あー…そういうこと。この前言ってた彼女とうまくいったってことか。俺の作ったケーキに大いに感謝しろ」
目の前でニヤニヤと笑っている男性は、レノが以前ヒロインの退院祝いのためにケーキの確保を依頼した知り合いだ。彼はこの店の店長でもある。
「…ただの退院祝いだぞ、と」
レノはヒロインの腰から腕を引き、少し距離を取った。
「もしかして、知り合いって――」
「こいつのことだぞ、と」
「そう、なんだ」
ヒロインが少しほっとしたような、困惑したような複雑な表情を浮かべていたので、レノは訝しんだ。
「はいはい、何でもいいけど、お客さんいっぱいるから、早く選んでくれよ」
僅かばかり生じた違和感は彼の言葉でどこかに行ってしまった。レノはイリーナに頼まれたミッドガルロールだけを購入して、ヒロインよりも先に店外に出た。
.
「なぁ、オレ帰っていいか?」
「ダメです!」
念のためイリーナに確認してみたが、にべもなく断られてレノは大きく溜息をついた。煩わしいのはこちらを盗み見る視線やこそこそ話だけではない。何より気に入らないのが隣にいるヒロインだった。ヒロインは会社を出てから今に至るまで、一度もレノの方を見ていないし話しかけてすらこない。まるでいないもの扱いだ。
ミッドガルロールの列も一向に動きそうにない。退屈で最悪な状況だったが、イリーナがいることでわずかながら気まずい空気にならずに済んでいることだけは、後輩に感謝した。
ところが、それも長くは続かなかった。
「え…あー…はい、戻ります…」
ようやく開店時間になったタイミングでイリーナの携帯に電話が入った。電話が終わると、イリーナはわかりやすく暗い顔をして項垂れていた。
「仕事、入った…戻らなきゃ…レノ先輩、私の分、頼みましたからね!!」
「は?」
「え?」
レノとヒロインは同時に声を上げた。今の二人の状況に全く気づいていないイリーナは、自分のミッドガルロールの心配だけして去っていった。ちらりとヒロインを見ると、その横顔にははっきりと気まずいと書かれていた。
イリーナがいなくなって静かになったことで、より周囲の声が聞こえてくるようになった。女性特有の自分たちだけ盛り上がって騒ぐ声は煩わしいことこの上ない。容姿が褒められているとしても、あの黄色い歓声だけはどうにも好きになれなかった。
「ね、あの子すっごく可愛くない?お人形みたい。彼女かな?」
ちょうど折り返した列の数列向こう側から聞こえてきた声にレノははっとし、いいことを思いついたとにやりと笑った。相変わらずヒロインはこちらを見ず、どこか遠くを見ている。レノは気づかれないようにヒロインの背後に回ると、ヒロインの腰に腕を回して背後から抱きついた。
「っ!」
腕の中でヒロインが固まったのを感じた。
「彼女いるってわかったら黙るだろうから、しばらくこうしてようぜ」
「え!?はあ?」
ヒロインの声のトーンが少し低くなった。レノはヒロインをからかってやろうと、首筋に顔を埋めて、その首筋にわざと音を立ててキスをした。
「ちょっ…何して――」
「いいだろ、これぐらい。慣れてるだろ?あぁ、あの男じゃないと嫌とか?」
レノが小馬鹿にして笑うと、ヒロインの顔が明らかに強張った。その顔は昨日と同じだったが、今日は逃げることができない状況だ。さあどうする?この大勢の前で怒鳴るのか、それともこのまま無言を貫くのか。
正解はそのどちらでもなかった。
「…慣れてない」
自分の足元を見て、ヒロインがぽつりと言った。
「それに、昨日はあのまま帰った」
本当なのかとヒロインに追い打ちをかけようとしたところで、知り合いの声が聞こえ、レノが言葉を飲み込んだ。
「いちゃつくならうちの店の外でやれよ、レノ」
レノはヒロインを促し、ヒロインを抱きしめたまま店内に足を踏み入れた。
「あー…そういうこと。この前言ってた彼女とうまくいったってことか。俺の作ったケーキに大いに感謝しろ」
目の前でニヤニヤと笑っている男性は、レノが以前ヒロインの退院祝いのためにケーキの確保を依頼した知り合いだ。彼はこの店の店長でもある。
「…ただの退院祝いだぞ、と」
レノはヒロインの腰から腕を引き、少し距離を取った。
「もしかして、知り合いって――」
「こいつのことだぞ、と」
「そう、なんだ」
ヒロインが少しほっとしたような、困惑したような複雑な表情を浮かべていたので、レノは訝しんだ。
「はいはい、何でもいいけど、お客さんいっぱいるから、早く選んでくれよ」
僅かばかり生じた違和感は彼の言葉でどこかに行ってしまった。レノはイリーナに頼まれたミッドガルロールだけを購入して、ヒロインよりも先に店外に出た。
.