立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花 6
ヒロイン
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外勤から戻ったレノは、監視任務を引き継ぐために警備部のオフィスに向かっていた。いつも扉が開け放たれている警備部のオフィスは今日も騒がしかった。しかし、今日はそこによく聞き慣れた声が混ざっていた。
「今日はありがとう。お礼にご飯奢るよ」
「下心のある誘いは断ってんの」
「いやいや、純粋にお礼。ヒロインさんに手を出したら、タークスの怖いお姉さんが飛んでくるってもっぱらの噂だしさ」
「なにそれ」
オフィス入口すぐのところで、ヒロインがスーツ姿の細身の男性と楽しそうに談笑していた。ヒロインは帰り支度をしていることから、帰り際に呼び止められたようだった。レノはオフィス内から死角になる位置に立ち、様子を窺った。
「変な噂、広めないでよ」
「広めたのは俺じゃないよ」
男が慌てたように両手を顔の前で振ると、ヒロインがくすりと笑った。それは、普段レノには見せたことのない表情だった。お願い事をするときの作り物の笑顔より柔らかく、何より楽しそうだった。
満更でもないヒロインを見て、胸の辺りにどす黒い感情が生まれつつあるのをレノは感じた。
(オレの誘いは断ったくせに、他の男とは飯行くのかよ)
以前、ヒロインに断られたことを思い出し、レノは思い切り舌打ちをした。おもしろくない。どす黒いものを心の内に留めおくことができず、レノはそれを吐き出そうとオフィスの入口を塞ぐように立った。
「楽しそうだな」
「レノ…!何で…」
気まずそうなヒロインの目が泳いだ。俯き加減で困った顔をするヒロインに加虐心を煽られ、レノは片方の口角を上げた。
「今日は随分と大人しいな?断る気なら、いつもの調子で口汚く罵ったらいいだろ。それとも、こいつの前では化けの皮剥がされたくないのか?」
ヒロインの顔が赤から青に変わり、その唇は震えていた。ヒロインは何か言い返してくることも、レノの方を見ることなく、足早にオフィスを出ていった。慌てた様子で男は彼女の後を追っていった。
いつもなら何か言い返してきただろうに。そんなにあの男の前で本性を見せたくなかったのか。それがレノには面白くなく、大きく舌打ちをした。
その最悪の日の翌日、始業時間ギリギリに出社すると、オフィスにはヒロインとイリーナがいた。ヒロインはレノに気づくと顔を青くしたが、イリーナはいつも通りこちらを一瞥して習慣化された何の抑揚もない挨拶をすると、すぐにヒロインと向かい合って話し始めた。
「ヒロイン、レノ先輩も来たことだし、ケーキ買いに行こう!」
「え…レノも誘うの?」
イリーナの陰からかすかに見えたヒロインの顔が強張った。しかし、イリーナはそれに気づいていないようで、今度はレノの方を見てにこりと笑った。何か企みがあるのは明らかだった。
「さ、レノ先輩。ミッドガルロール買いに行きましょ!」
「は?」
レノは素っ頓狂な声を上げた。何かと思えば、どうやら二人はケーキを買いに仕事を抜け出す相談をしていたようだった。
「一人一つしか買えないから、人数いたほうが有利なんですよ!ほら、行きますよ!」
「二人で行ったらいいだろ!」
「二人だと二つしか買えないでしょ!今度は私のためにミッドガルロール買うのに協力してください!!」
イリーナは語気強く言うと、強引にレノの腕を掴んで力任せに引っ張った。さすがタークスと言うべきか、イリーナの馬鹿力のせいで前につんのめったレノは危うく顔面から転びそうになり、抵抗をやめた。
「わかった!一緒に行ってやるから、金はお前が出せよ」
「嫌ですよ。ヒロインに奢ったなら、私にも奢ってください!」
「あれは――」
あれはヒロインの退院祝いだった。
そう言おうとしてレノは言葉を飲み込んだ。気を利かせたそれも、今となっては空回りの無駄な行動だった。
「イリーナ、早く行かないと間に合わなくなっちゃう」
ずっと暗い顔をして黙っていたヒロインが遠慮がちにイリーナに声をかけた。
「そうだった!レノ先輩、財布忘れないでくださいよ!」
そう釘を刺し、イリーナはヒロインと並んで先にオフィスを出て行った。ここで逃げ出したなら、ヒロインはともかくイリーナにはしつこいぐらいに嫌味を言われることだろう。レノはやれやれと肩を竦め、二人の後を追った。
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「今日はありがとう。お礼にご飯奢るよ」
「下心のある誘いは断ってんの」
「いやいや、純粋にお礼。ヒロインさんに手を出したら、タークスの怖いお姉さんが飛んでくるってもっぱらの噂だしさ」
「なにそれ」
オフィス入口すぐのところで、ヒロインがスーツ姿の細身の男性と楽しそうに談笑していた。ヒロインは帰り支度をしていることから、帰り際に呼び止められたようだった。レノはオフィス内から死角になる位置に立ち、様子を窺った。
「変な噂、広めないでよ」
「広めたのは俺じゃないよ」
男が慌てたように両手を顔の前で振ると、ヒロインがくすりと笑った。それは、普段レノには見せたことのない表情だった。お願い事をするときの作り物の笑顔より柔らかく、何より楽しそうだった。
満更でもないヒロインを見て、胸の辺りにどす黒い感情が生まれつつあるのをレノは感じた。
(オレの誘いは断ったくせに、他の男とは飯行くのかよ)
以前、ヒロインに断られたことを思い出し、レノは思い切り舌打ちをした。おもしろくない。どす黒いものを心の内に留めおくことができず、レノはそれを吐き出そうとオフィスの入口を塞ぐように立った。
「楽しそうだな」
「レノ…!何で…」
気まずそうなヒロインの目が泳いだ。俯き加減で困った顔をするヒロインに加虐心を煽られ、レノは片方の口角を上げた。
「今日は随分と大人しいな?断る気なら、いつもの調子で口汚く罵ったらいいだろ。それとも、こいつの前では化けの皮剥がされたくないのか?」
ヒロインの顔が赤から青に変わり、その唇は震えていた。ヒロインは何か言い返してくることも、レノの方を見ることなく、足早にオフィスを出ていった。慌てた様子で男は彼女の後を追っていった。
いつもなら何か言い返してきただろうに。そんなにあの男の前で本性を見せたくなかったのか。それがレノには面白くなく、大きく舌打ちをした。
その最悪の日の翌日、始業時間ギリギリに出社すると、オフィスにはヒロインとイリーナがいた。ヒロインはレノに気づくと顔を青くしたが、イリーナはいつも通りこちらを一瞥して習慣化された何の抑揚もない挨拶をすると、すぐにヒロインと向かい合って話し始めた。
「ヒロイン、レノ先輩も来たことだし、ケーキ買いに行こう!」
「え…レノも誘うの?」
イリーナの陰からかすかに見えたヒロインの顔が強張った。しかし、イリーナはそれに気づいていないようで、今度はレノの方を見てにこりと笑った。何か企みがあるのは明らかだった。
「さ、レノ先輩。ミッドガルロール買いに行きましょ!」
「は?」
レノは素っ頓狂な声を上げた。何かと思えば、どうやら二人はケーキを買いに仕事を抜け出す相談をしていたようだった。
「一人一つしか買えないから、人数いたほうが有利なんですよ!ほら、行きますよ!」
「二人で行ったらいいだろ!」
「二人だと二つしか買えないでしょ!今度は私のためにミッドガルロール買うのに協力してください!!」
イリーナは語気強く言うと、強引にレノの腕を掴んで力任せに引っ張った。さすがタークスと言うべきか、イリーナの馬鹿力のせいで前につんのめったレノは危うく顔面から転びそうになり、抵抗をやめた。
「わかった!一緒に行ってやるから、金はお前が出せよ」
「嫌ですよ。ヒロインに奢ったなら、私にも奢ってください!」
「あれは――」
あれはヒロインの退院祝いだった。
そう言おうとしてレノは言葉を飲み込んだ。気を利かせたそれも、今となっては空回りの無駄な行動だった。
「イリーナ、早く行かないと間に合わなくなっちゃう」
ずっと暗い顔をして黙っていたヒロインが遠慮がちにイリーナに声をかけた。
「そうだった!レノ先輩、財布忘れないでくださいよ!」
そう釘を刺し、イリーナはヒロインと並んで先にオフィスを出て行った。ここで逃げ出したなら、ヒロインはともかくイリーナにはしつこいぐらいに嫌味を言われることだろう。レノはやれやれと肩を竦め、二人の後を追った。
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