立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花 5
ヒロイン
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「うわ、なにこれおいしー!」
ミッドガルロールを一口食べた途端、ヒロインの中のモヤモヤは完全に吹き飛んだ。それどころか、ミッドガルロールを確保してくれたレノの知り合いに大いに感謝した。
「こんな美味しいものがあったなんて…!」
「オレの分もやるぞ、と」
ヒロインのものより大幅に薄く切り分けられたミッドガルロールがヒロインの前に置かれた。
「ありがと!」
遠慮することなく、ヒロインはありがたくレノの分を頂戴した。ふわりとしたスポンジと濃厚なクリームのハーモニーを楽しみながら、ヒロインはついに最後の一切れを口に運んだ。
「あぁ…幸せ…」
余韻に浸りながら、今度の休みに自分で買いに行こうと決意する。この美味しさならば、朝早くから並ぶのも苦ではない。次の休みとミッドガルロールに思いを馳せていると、温かいものが頬に触れた。
「クリーム、付いてるぞ、と」
軽く顎に添えられた大きな手と頬に押し付けられた親指を感じた。ヒロインは自分から離れていくレノの骨ばった男らしい手から目が離せなかった。レノは親指についたクリームを自分の口でぺろりと舐めた。
そのクリームが自分の頬についていたものであることはすぐに理解できた。
「…!」
あまりに急な出来事でヒロインは声を出すことすらできなかった。いつもなら「セクハラ!」と叫ぶこともできただろうが、まるで恋人にするかのようなレノの振る舞いのせいで気恥ずかしさが先に立ち、普段の威勢はすっかり身を潜めてしまっていた。
「あ、としまつ、しなきゃ!ミッドガルロール、ありがとね」
何とか声を絞り出したものの、顔は茹で上がったタコのように熱く、そして赤くなっていることだろう。そんないつもの自分らしくない様子を見られることもまた恥ずかしく、ヒロインは顔を伏せて立ち上がると、テーブルの上のものを手際よくまとめて素早くレノに背を向けた。
給湯室に逃げ込んで手にしていたものをゴミ箱に捨ててようやくヒロインは息を大きく吐き出した。
「なぁんか、らしくないぞ、と」
ほっと息をついたところに間髪置かずに緊張が走る。ヒロインはびくりと身体を震わせ、自分の存在をできるだけ小さくしようと背中を丸めた。既にレノに見つかっているので、それは全く無意味な行動だったが。
「もしかして、病院でのこと意識してるとか…って、んなわけないな」
笑いを含んだレノの言葉が背にぶつかる。それはまるで自分が笑われているようで、ヒロインはきつく両の拳を握った。
「…何でそんなわけないって思うのよ。意識してたら悪い?」
振り返ったヒロインは思い切りレノを睨みつけた。
「『知り合い』が多いレノとは違うの!いろんな女取っ替え引っ替えしてる軽薄な男にはわかんないでしょ?」
一度堰を切ってしまうと、余計なことも、言うつもりがないことも一緒に吐き出されていく。しまったと思ったときにはもう遅い。
「…まさかそんな風に思われてたとはな」
レノの声音はわずかに怒気を孕んでいて、ヒロインは身体を固くした。あれだけ勢いよく飛び出していた言葉も、今は喉が張り付いてしまって何も出てきやしない。
何か言わなければ。
ヒロインは胸の前で握った手に少し力を入れた。
「レノ――「よかったな、いつもの調子に戻って」」
そういうとレノは一度もヒロインを見ることなく、オフィスを出て行った。ヒロインはその背中を呆然と見送ることしかできなかった。
いつもレノが怒らないことに甘えすぎていて、言葉がどれだけ鋭いものなのかを忘れていた。それを思い出したときにはもう何もかもが遅かった。
口の中に残っていたケーキの甘さはとっくに消え失せ、今はただただ苦みだけが残っていた。
To be continued...?
2022/05/05
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ミッドガルロールを一口食べた途端、ヒロインの中のモヤモヤは完全に吹き飛んだ。それどころか、ミッドガルロールを確保してくれたレノの知り合いに大いに感謝した。
「こんな美味しいものがあったなんて…!」
「オレの分もやるぞ、と」
ヒロインのものより大幅に薄く切り分けられたミッドガルロールがヒロインの前に置かれた。
「ありがと!」
遠慮することなく、ヒロインはありがたくレノの分を頂戴した。ふわりとしたスポンジと濃厚なクリームのハーモニーを楽しみながら、ヒロインはついに最後の一切れを口に運んだ。
「あぁ…幸せ…」
余韻に浸りながら、今度の休みに自分で買いに行こうと決意する。この美味しさならば、朝早くから並ぶのも苦ではない。次の休みとミッドガルロールに思いを馳せていると、温かいものが頬に触れた。
「クリーム、付いてるぞ、と」
軽く顎に添えられた大きな手と頬に押し付けられた親指を感じた。ヒロインは自分から離れていくレノの骨ばった男らしい手から目が離せなかった。レノは親指についたクリームを自分の口でぺろりと舐めた。
そのクリームが自分の頬についていたものであることはすぐに理解できた。
「…!」
あまりに急な出来事でヒロインは声を出すことすらできなかった。いつもなら「セクハラ!」と叫ぶこともできただろうが、まるで恋人にするかのようなレノの振る舞いのせいで気恥ずかしさが先に立ち、普段の威勢はすっかり身を潜めてしまっていた。
「あ、としまつ、しなきゃ!ミッドガルロール、ありがとね」
何とか声を絞り出したものの、顔は茹で上がったタコのように熱く、そして赤くなっていることだろう。そんないつもの自分らしくない様子を見られることもまた恥ずかしく、ヒロインは顔を伏せて立ち上がると、テーブルの上のものを手際よくまとめて素早くレノに背を向けた。
給湯室に逃げ込んで手にしていたものをゴミ箱に捨ててようやくヒロインは息を大きく吐き出した。
「なぁんか、らしくないぞ、と」
ほっと息をついたところに間髪置かずに緊張が走る。ヒロインはびくりと身体を震わせ、自分の存在をできるだけ小さくしようと背中を丸めた。既にレノに見つかっているので、それは全く無意味な行動だったが。
「もしかして、病院でのこと意識してるとか…って、んなわけないな」
笑いを含んだレノの言葉が背にぶつかる。それはまるで自分が笑われているようで、ヒロインはきつく両の拳を握った。
「…何でそんなわけないって思うのよ。意識してたら悪い?」
振り返ったヒロインは思い切りレノを睨みつけた。
「『知り合い』が多いレノとは違うの!いろんな女取っ替え引っ替えしてる軽薄な男にはわかんないでしょ?」
一度堰を切ってしまうと、余計なことも、言うつもりがないことも一緒に吐き出されていく。しまったと思ったときにはもう遅い。
「…まさかそんな風に思われてたとはな」
レノの声音はわずかに怒気を孕んでいて、ヒロインは身体を固くした。あれだけ勢いよく飛び出していた言葉も、今は喉が張り付いてしまって何も出てきやしない。
何か言わなければ。
ヒロインは胸の前で握った手に少し力を入れた。
「レノ――「よかったな、いつもの調子に戻って」」
そういうとレノは一度もヒロインを見ることなく、オフィスを出て行った。ヒロインはその背中を呆然と見送ることしかできなかった。
いつもレノが怒らないことに甘えすぎていて、言葉がどれだけ鋭いものなのかを忘れていた。それを思い出したときにはもう何もかもが遅かった。
口の中に残っていたケーキの甘さはとっくに消え失せ、今はただただ苦みだけが残っていた。
To be continued...?
2022/05/05
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