立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花 5
ヒロイン
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
仕事の時間2割、物思いに耽る時間8割――そんなことを繰り返しているうちに夕方になった。結局、レノも他のメンバーもオフィスに戻ってくることはなかった。恐らく直帰するのだろう。ヒロインもパソコンの電源を落とし、帰り支度を始めた。
とりあえず、あの約束については先送りだ。考えていても仕方がないと、ヒロインは気を取り直した。
「髪切ったんだな。似合ってるぞ、と」
椅子から半分腰を浮かせた状態でヒロインは固まった。先送りしたはずの問題が駆け足で戻ってくる。声のした方――オフィスの扉が開き、そこには少し息を切らせたレノが立っていた。
「え、あ…ありがと」
レノはヒロインの不自然な様子に気づいているはずだが、それについては何も言わなかった。その代わり、珍しく満面の笑みを浮かべて近づいてきた。ヒロインは病院でのことを思い出し、レノが目の前に立つ前に少し後退った。
「ほら、約束のケーキだぞ、と。退院おめでとう」
「え」
後ろに隠し持っていた箱を楽しそうに差し出すレノ。ヒロインはレノに促されるまま両手を出し、箱を受け取った。その箱に書かれているマークは、駅前のケーキ店のものだった。
「今日から出勤してるってルードに聞いたんだぞ、と」
「…ありがとう」
自分から言い出さずに済んだことにほっとしたよりも、レノが約束を守ってくれたことが嬉しく、ヒロインは自然と笑顔になった。そして、悩んでいたことが解決したおかげでいつもの調子が戻ってくる。
「約束、忘れてると思ってた。書類提出だって、毎回言ってるのに期限忘れてるし」
と、ちくりと嫌味を混ぜると、レノが困った顔をして頭を掻いた。
「…それについては、善処するぞ、と。そんなことより、ケーキ食べようぜ」
「今?」
「そ、今」
ヒロインは軽く眉を顰めた。レノは甘いものがあまり好きではないはずだ。にも関わらず、ケーキを食べようと言う。
「その笑顔、最高に胡散臭いけど、何か企んでる?」
「失礼なやつだな。ケーキ、オレが食ってもいいんだぞ」
「なにそれ、私のために買ってきてくれたんじゃないの?」
「可愛げのないヒロインにやるケーキはないぞ、と」
もう一言ぐらい嫌味を言おうとしたヒロインはぐっと言葉を飲み込んだ。ケーキを人質に取られては下手に出るしかない。
「…コーヒー淹れてくる」
ヒロインなりのせめてもの下手。背後で少しレノが笑ったのが見えた。
「はい、ブラック」
ヒロインはコーヒーの入った使い捨てカップをレノの前に置いた。
「ありがとな」
二人は執務室の片隅にある狭い休憩スペースのテーブルに向かい合って座っていた。レノが買ってきたケーキの箱は既にテーブルの上で開かれていた。
「すごい、ミッドガルロール…!よく買えたね」
ミッドガルロールはこの駅前のケーキ店で売られている一番人気の商品だ。中心にクリームがたっぷり入った長さ10cmほどのシンプルなロールケーキなのだが、シンプルであるがゆえにリピーターが多く、土産物としても好まれるため、確実に狙うならば開店前から並ぶしかない。もしかして、これを買うために朝並んだのだろうか。ヒロインがレノの気遣いに感動して目を輝かせていると、何故かレノが困った顔をして頭を掻いた。
「実はあの店に知り合いがいて、確保しといてもらったんだぞ、と」
『知り合い』。きっと女性だろうとヒロインは直感し、少しつまらない気分になった。が、それをはっきりと顔に出すほどヒロインは子供ではない。
「ミッドガルロール食べられるなんて、顔の広いレノのお陰!ありがと~!使い捨てナイフないか探してくるから待ってて」
嬉しいのは事実だったので言葉はすんなりと出てきたが、ふてくされたことを悟られないように必要以上に喜んでしまい、いやにテンションが高くなってしまった。わずかに背後を振り返ってレノの様子を伺うと、バッチリと目が合ってしまい、ヒロインは慌てて目を逸した。
.
とりあえず、あの約束については先送りだ。考えていても仕方がないと、ヒロインは気を取り直した。
「髪切ったんだな。似合ってるぞ、と」
椅子から半分腰を浮かせた状態でヒロインは固まった。先送りしたはずの問題が駆け足で戻ってくる。声のした方――オフィスの扉が開き、そこには少し息を切らせたレノが立っていた。
「え、あ…ありがと」
レノはヒロインの不自然な様子に気づいているはずだが、それについては何も言わなかった。その代わり、珍しく満面の笑みを浮かべて近づいてきた。ヒロインは病院でのことを思い出し、レノが目の前に立つ前に少し後退った。
「ほら、約束のケーキだぞ、と。退院おめでとう」
「え」
後ろに隠し持っていた箱を楽しそうに差し出すレノ。ヒロインはレノに促されるまま両手を出し、箱を受け取った。その箱に書かれているマークは、駅前のケーキ店のものだった。
「今日から出勤してるってルードに聞いたんだぞ、と」
「…ありがとう」
自分から言い出さずに済んだことにほっとしたよりも、レノが約束を守ってくれたことが嬉しく、ヒロインは自然と笑顔になった。そして、悩んでいたことが解決したおかげでいつもの調子が戻ってくる。
「約束、忘れてると思ってた。書類提出だって、毎回言ってるのに期限忘れてるし」
と、ちくりと嫌味を混ぜると、レノが困った顔をして頭を掻いた。
「…それについては、善処するぞ、と。そんなことより、ケーキ食べようぜ」
「今?」
「そ、今」
ヒロインは軽く眉を顰めた。レノは甘いものがあまり好きではないはずだ。にも関わらず、ケーキを食べようと言う。
「その笑顔、最高に胡散臭いけど、何か企んでる?」
「失礼なやつだな。ケーキ、オレが食ってもいいんだぞ」
「なにそれ、私のために買ってきてくれたんじゃないの?」
「可愛げのないヒロインにやるケーキはないぞ、と」
もう一言ぐらい嫌味を言おうとしたヒロインはぐっと言葉を飲み込んだ。ケーキを人質に取られては下手に出るしかない。
「…コーヒー淹れてくる」
ヒロインなりのせめてもの下手。背後で少しレノが笑ったのが見えた。
「はい、ブラック」
ヒロインはコーヒーの入った使い捨てカップをレノの前に置いた。
「ありがとな」
二人は執務室の片隅にある狭い休憩スペースのテーブルに向かい合って座っていた。レノが買ってきたケーキの箱は既にテーブルの上で開かれていた。
「すごい、ミッドガルロール…!よく買えたね」
ミッドガルロールはこの駅前のケーキ店で売られている一番人気の商品だ。中心にクリームがたっぷり入った長さ10cmほどのシンプルなロールケーキなのだが、シンプルであるがゆえにリピーターが多く、土産物としても好まれるため、確実に狙うならば開店前から並ぶしかない。もしかして、これを買うために朝並んだのだろうか。ヒロインがレノの気遣いに感動して目を輝かせていると、何故かレノが困った顔をして頭を掻いた。
「実はあの店に知り合いがいて、確保しといてもらったんだぞ、と」
『知り合い』。きっと女性だろうとヒロインは直感し、少しつまらない気分になった。が、それをはっきりと顔に出すほどヒロインは子供ではない。
「ミッドガルロール食べられるなんて、顔の広いレノのお陰!ありがと~!使い捨てナイフないか探してくるから待ってて」
嬉しいのは事実だったので言葉はすんなりと出てきたが、ふてくされたことを悟られないように必要以上に喜んでしまい、いやにテンションが高くなってしまった。わずかに背後を振り返ってレノの様子を伺うと、バッチリと目が合ってしまい、ヒロインは慌てて目を逸した。
.