立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花 5
ヒロイン
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「レノ!ケーキ奢ってよ!いや…病院でした約束覚えてる?うーん…遠回しすぎる?でも自分から奢ってって言うのも…」
退院して初の出勤日。出社前にヒロインは自宅の洗面所に備え付けられた鏡の前で一人にらめっこをしていた。久しぶりの短い髪にはまだ慣れなかった。顎のラインで切りそろえられた髪を指先でくるくると弄びつつ、短く息をついた。
「…バッカみたい」
何を意識しているのだろうか。ふわふわ浮足立っている自分があまりにらしくなく、少し腹が立つ。いつものように会社に行って、レノがきちんと書類を出していなければ、いつものように尻を叩いて仕事させるだけだ。
そう、何もかも入院する前と同じ。
ヒロインは小さくそう呟いて、自宅を出た。
正直まだ襲われたときの恐怖は残っている。しかし、何度もお見舞いに来たイリーナは、『ヒロインを襲うバカの芽は摘んでおいたから大丈夫!』と言っていた。どういう方法を取ったかは聞かなくてもわかったため、ヒロインは苦笑いするしかなかったが、イリーナの気遣いは嬉しかった。お陰で安心して会社に向かうことができる。
朝のオフィスはいつもと変わらず、静まり返っていた。電気は消え、中には誰もいない。いつもヒロインが一番乗りだった。
ヒロインは電気をつけ、久しぶりに自席についた。デスクも入院する前と同じ状態で、ヒロインはすぐに日常を取り戻した。パソコンを付けて、メールをチェックして、提出書類の期限と提出状況を確認――朝、タークスでは一番出社の早いツォンが来る前に、今日ツォンに頼む仕事をまとめる。あとはメンバーのスケジュールを確認して――としているうちに、ツォンとルードが出社してきた。
「おはようございます」
「ああ、今日から復帰だったな。元気になってよかった」
ツォンとルードから労りの言葉を掛けられ、ヒロインは少し照れくさくなる。
続いて、始業時間の少し前にイリーナも出社してきた。
「ヒロインー!退院おめでとう!」
「ありがと、イリーナ」
勢いよく抱きつかれて面食らいつつも、ヒロインはぎゅっと抱きしめてくるイリーナの背を軽くぽんぽんと叩いた。
そして、いつもならレノが始業時間ギリギリか過ぎた頃に出社してくるのだが、今日は1時間経っても出社してこなかった。『いつも通り』が崩れたことで、ヒロインは少し落ち着かない気分になった。
(どうして今日に限って…)
ちらちらと入口に視線を送れど、レノは一向に出社する気配がなかった。
昼になるとルードとイリーナは任務へ、ツォンは社長の護衛任務でオフィスを出ていった。ヒロインは特にすることもなく、ぼんやりとパソコンの画面を眺めていた。そのせいで、ぐるぐると余計なことが頭を巡る。今日レノは来るのか、どこに行っているのか、大丈夫なのか――そして。
「…あー、あんなこと言わなきゃよかった」
ヒロインは頭を抱えて机に突っ伏した。あのときは、レノに意地悪をしたかっただけだ。いつも仕事で手を焼かされているから、ここぞとばかりに我儘で振り回してやろうと企んだのだが、思いもよらなかった方向に事態が転がった。レノの言う『好き』が女性に向けたものではないのはヒロインにもわかっていた。わかっていたのに、レノと接近した途端、急にあの一言に重みを感じてしまった。
「…バッカみたい」
レノの一言を意識しているのも、そのせいでやたらと思い悩んでいる自分も。あの言葉も、行動も、何もかもすべて、レノにとっては特別なことではない。もちろん、自分にとってもそうだ。と、ヒロインは必死に自分に言い聞かせた。
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退院して初の出勤日。出社前にヒロインは自宅の洗面所に備え付けられた鏡の前で一人にらめっこをしていた。久しぶりの短い髪にはまだ慣れなかった。顎のラインで切りそろえられた髪を指先でくるくると弄びつつ、短く息をついた。
「…バッカみたい」
何を意識しているのだろうか。ふわふわ浮足立っている自分があまりにらしくなく、少し腹が立つ。いつものように会社に行って、レノがきちんと書類を出していなければ、いつものように尻を叩いて仕事させるだけだ。
そう、何もかも入院する前と同じ。
ヒロインは小さくそう呟いて、自宅を出た。
正直まだ襲われたときの恐怖は残っている。しかし、何度もお見舞いに来たイリーナは、『ヒロインを襲うバカの芽は摘んでおいたから大丈夫!』と言っていた。どういう方法を取ったかは聞かなくてもわかったため、ヒロインは苦笑いするしかなかったが、イリーナの気遣いは嬉しかった。お陰で安心して会社に向かうことができる。
朝のオフィスはいつもと変わらず、静まり返っていた。電気は消え、中には誰もいない。いつもヒロインが一番乗りだった。
ヒロインは電気をつけ、久しぶりに自席についた。デスクも入院する前と同じ状態で、ヒロインはすぐに日常を取り戻した。パソコンを付けて、メールをチェックして、提出書類の期限と提出状況を確認――朝、タークスでは一番出社の早いツォンが来る前に、今日ツォンに頼む仕事をまとめる。あとはメンバーのスケジュールを確認して――としているうちに、ツォンとルードが出社してきた。
「おはようございます」
「ああ、今日から復帰だったな。元気になってよかった」
ツォンとルードから労りの言葉を掛けられ、ヒロインは少し照れくさくなる。
続いて、始業時間の少し前にイリーナも出社してきた。
「ヒロインー!退院おめでとう!」
「ありがと、イリーナ」
勢いよく抱きつかれて面食らいつつも、ヒロインはぎゅっと抱きしめてくるイリーナの背を軽くぽんぽんと叩いた。
そして、いつもならレノが始業時間ギリギリか過ぎた頃に出社してくるのだが、今日は1時間経っても出社してこなかった。『いつも通り』が崩れたことで、ヒロインは少し落ち着かない気分になった。
(どうして今日に限って…)
ちらちらと入口に視線を送れど、レノは一向に出社する気配がなかった。
昼になるとルードとイリーナは任務へ、ツォンは社長の護衛任務でオフィスを出ていった。ヒロインは特にすることもなく、ぼんやりとパソコンの画面を眺めていた。そのせいで、ぐるぐると余計なことが頭を巡る。今日レノは来るのか、どこに行っているのか、大丈夫なのか――そして。
「…あー、あんなこと言わなきゃよかった」
ヒロインは頭を抱えて机に突っ伏した。あのときは、レノに意地悪をしたかっただけだ。いつも仕事で手を焼かされているから、ここぞとばかりに我儘で振り回してやろうと企んだのだが、思いもよらなかった方向に事態が転がった。レノの言う『好き』が女性に向けたものではないのはヒロインにもわかっていた。わかっていたのに、レノと接近した途端、急にあの一言に重みを感じてしまった。
「…バッカみたい」
レノの一言を意識しているのも、そのせいでやたらと思い悩んでいる自分も。あの言葉も、行動も、何もかもすべて、レノにとっては特別なことではない。もちろん、自分にとってもそうだ。と、ヒロインは必死に自分に言い聞かせた。
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