立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花 4
ヒロイン
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レノは軽く首を傾げた。自分のことも含めて伝えたつもりだったが、ヒロインには上手く伝わらなかったのだろうか。
「だから言っただろ?オレもヒロインのことが好きだ…って…」
言ってしまってから、レノは自分の顔が熱くなっているのを感じた。
「あ、いや…この好きってのは、その――あれだ!同僚として?いや、友達?」
好きの種類をあれこれと説明しても、そのどれもがなんだかくすぐったい。種類は置いておいて、『好き』などと女性に向かって言ったのはいつぶりだったか。
「ひひ、レノのそんな慌てるところ、初めて見たなぁ」
いつの間に起き上がったのか、意地の悪い顔をしたヒロインと目が合った。そして、ヒロインの細い指先が頬に軽く食い込んだ。
「何かちょっと得した気分」
「んだよ、慰めてやろうとしたのに」
レノは少しむっとして身体を捻ると、しつこくつついてくるヒロインの手を掴まえた。
「わっ」
レノが軽く手を引いたのもあって、ヒロインとレノの顔が近づいた。
傷があろうがなかろうが、化粧をしていようがしていまいが、相変わらずヒロインは美人だった。大きな瞳とそれを縁取る長いまつげ、すっと通った鼻筋とふっくらとした唇。さっき『好き』と言ってしまった余韻がレノの本能を刺激する。
至近距離で見つめ合ったまま、ヒロインも何も言わない。何か一言でもいいから、いつもの調子で言ってくれたなら、離れることができるのに。そんなレノの思いが通じたのか、ヒロインの唇がわずかに開かれた。
「――」
「ねえ、ヒロイン!車の鍵、置きっぱなしになってない!?」
突然聞こえてきたイリーナの声で呪縛が解けた二人は、慌てて身体を離した。ヒロインは勢いよくベッドに横になり、レノは慌てて立ち上がってベッドから距離を取った。二人が一呼吸した次の瞬間、何の断りもなく勢いよくカーテンが開いた。
「まだいたんですか?」
レノと目が合った途端、イリーナは隠すことなく嫌そうな顔をした。
「当たり前だろ。そばにいろって言われてんだから」
幸い、ベッドを囲むカーテンは分厚く、イリーナからは二人がどんな状況にあったかは見えていなかったようだ。いつも通りレノを邪険に扱うイリーナの態度にほっとし、レノは気づかれないように息をついた。
「犯人捕まえたんだし、レノ先輩は別にいらないでしょ」
「お前…本当に失礼なやつだな」
「きっとヒロインもそう思ってますよ。ね、ヒロイン?」
「えっ!?」
突然話を振られたヒロインの声が上ずった。
「あ…まぁ、確かに、そう…かも?」
目を白黒させているのも、歯切れが悪いのも、少し観察すればヒロインが動揺しているのは明らかだったが、大雑把なイリーナは気づいていないようだった。
「ほら!」
我が意を得たりとばかりにイリーナがにやりと笑い、レノを追い払うような仕草をしてみせた。レノ自身はもう少しヒロインとは話したかったが、イリーナがいては落ち着いて話をするどころではないと思い、ここは大人しく引き下がることにした。
「少しは先輩を敬うことを覚えたほうがいいぞ、と」
「ご忠告どうも」
本当に可愛げのない後輩だ。レノは肩を竦めた。
「ほら、車の鍵。さっさと行かないとツォンさんに怒られるぞ、と」
数々の見舞いの品に埋もれていた車の鍵を既に見つけていたレノは、それをイリーナに放った。『ツォンに怒られる』が効いたのか、イリーナは挨拶もそこそこに、先程同様、慌ただしく病室を出ていった。
そして、レノも気まずい空気から逃げるように病室の出口に足を向けた。
「じゃあ、オレも引き上げるぞ、と」
「ケーキ」
「ん?」
レノが振り返ると、ヒロインが起き上がっていた。一番最初に目についたのは、少し赤らんだヒロインの横顔だった。もし、右側の髪が切られていなかったなら、髪で隠れて表情を窺い知ることはできなかっただろう。
「お見舞いはいらない。けど、退院したら奢ってよ」
こちらを見ず、少し照れているようなヒロインは珍しい。
「前に飯誘ったら行かないって言ってたのに、ケーキはいいのかよ」
「昼間だから」
「何だそれ」
想像もしていなかった変わった理由に、レノは思わず吹き出した。
「だったら別にいい」
拗ねてしまったのか、ヒロインはぷいっと顔を背けると、そのままレノに背を向けて横になった。まるで駄々をこねる子供のような態度のヒロインが面白く、レノは思わず声を上げて笑いそうになったが、なんとか寸前で笑いを噛み殺した。きっとヒロインがレノの方を向いていたら、笑っていることに怒ってきつい言葉をレノに全力でぶつけていたに違いない。そういういつものヒロインも好きではあるが、今のように可愛げのあるヒロインも悪くない。
「ケーキでも何でもいくらでも奢ってやるぞ、と。だから、早く元気になれよ」
「…言われなくても、なるに決まってるでしょ」
「そうだな」
そんないつもオフィスでしているような他愛のない会話をしながら、美人な上に可愛げまで出てくるのは反則だな、とレノは思った。
END?
2022/04/14
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「だから言っただろ?オレもヒロインのことが好きだ…って…」
言ってしまってから、レノは自分の顔が熱くなっているのを感じた。
「あ、いや…この好きってのは、その――あれだ!同僚として?いや、友達?」
好きの種類をあれこれと説明しても、そのどれもがなんだかくすぐったい。種類は置いておいて、『好き』などと女性に向かって言ったのはいつぶりだったか。
「ひひ、レノのそんな慌てるところ、初めて見たなぁ」
いつの間に起き上がったのか、意地の悪い顔をしたヒロインと目が合った。そして、ヒロインの細い指先が頬に軽く食い込んだ。
「何かちょっと得した気分」
「んだよ、慰めてやろうとしたのに」
レノは少しむっとして身体を捻ると、しつこくつついてくるヒロインの手を掴まえた。
「わっ」
レノが軽く手を引いたのもあって、ヒロインとレノの顔が近づいた。
傷があろうがなかろうが、化粧をしていようがしていまいが、相変わらずヒロインは美人だった。大きな瞳とそれを縁取る長いまつげ、すっと通った鼻筋とふっくらとした唇。さっき『好き』と言ってしまった余韻がレノの本能を刺激する。
至近距離で見つめ合ったまま、ヒロインも何も言わない。何か一言でもいいから、いつもの調子で言ってくれたなら、離れることができるのに。そんなレノの思いが通じたのか、ヒロインの唇がわずかに開かれた。
「――」
「ねえ、ヒロイン!車の鍵、置きっぱなしになってない!?」
突然聞こえてきたイリーナの声で呪縛が解けた二人は、慌てて身体を離した。ヒロインは勢いよくベッドに横になり、レノは慌てて立ち上がってベッドから距離を取った。二人が一呼吸した次の瞬間、何の断りもなく勢いよくカーテンが開いた。
「まだいたんですか?」
レノと目が合った途端、イリーナは隠すことなく嫌そうな顔をした。
「当たり前だろ。そばにいろって言われてんだから」
幸い、ベッドを囲むカーテンは分厚く、イリーナからは二人がどんな状況にあったかは見えていなかったようだ。いつも通りレノを邪険に扱うイリーナの態度にほっとし、レノは気づかれないように息をついた。
「犯人捕まえたんだし、レノ先輩は別にいらないでしょ」
「お前…本当に失礼なやつだな」
「きっとヒロインもそう思ってますよ。ね、ヒロイン?」
「えっ!?」
突然話を振られたヒロインの声が上ずった。
「あ…まぁ、確かに、そう…かも?」
目を白黒させているのも、歯切れが悪いのも、少し観察すればヒロインが動揺しているのは明らかだったが、大雑把なイリーナは気づいていないようだった。
「ほら!」
我が意を得たりとばかりにイリーナがにやりと笑い、レノを追い払うような仕草をしてみせた。レノ自身はもう少しヒロインとは話したかったが、イリーナがいては落ち着いて話をするどころではないと思い、ここは大人しく引き下がることにした。
「少しは先輩を敬うことを覚えたほうがいいぞ、と」
「ご忠告どうも」
本当に可愛げのない後輩だ。レノは肩を竦めた。
「ほら、車の鍵。さっさと行かないとツォンさんに怒られるぞ、と」
数々の見舞いの品に埋もれていた車の鍵を既に見つけていたレノは、それをイリーナに放った。『ツォンに怒られる』が効いたのか、イリーナは挨拶もそこそこに、先程同様、慌ただしく病室を出ていった。
そして、レノも気まずい空気から逃げるように病室の出口に足を向けた。
「じゃあ、オレも引き上げるぞ、と」
「ケーキ」
「ん?」
レノが振り返ると、ヒロインが起き上がっていた。一番最初に目についたのは、少し赤らんだヒロインの横顔だった。もし、右側の髪が切られていなかったなら、髪で隠れて表情を窺い知ることはできなかっただろう。
「お見舞いはいらない。けど、退院したら奢ってよ」
こちらを見ず、少し照れているようなヒロインは珍しい。
「前に飯誘ったら行かないって言ってたのに、ケーキはいいのかよ」
「昼間だから」
「何だそれ」
想像もしていなかった変わった理由に、レノは思わず吹き出した。
「だったら別にいい」
拗ねてしまったのか、ヒロインはぷいっと顔を背けると、そのままレノに背を向けて横になった。まるで駄々をこねる子供のような態度のヒロインが面白く、レノは思わず声を上げて笑いそうになったが、なんとか寸前で笑いを噛み殺した。きっとヒロインがレノの方を向いていたら、笑っていることに怒ってきつい言葉をレノに全力でぶつけていたに違いない。そういういつものヒロインも好きではあるが、今のように可愛げのあるヒロインも悪くない。
「ケーキでも何でもいくらでも奢ってやるぞ、と。だから、早く元気になれよ」
「…言われなくても、なるに決まってるでしょ」
「そうだな」
そんないつもオフィスでしているような他愛のない会話をしながら、美人な上に可愛げまで出てくるのは反則だな、とレノは思った。
END?
2022/04/14
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