立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花 4
ヒロイン
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夕方になり、ひたすら一人で話して大騒ぎしていたイリーナが帰ると、病室は一転、沈黙に包まれた。
「ったく、一人で騒ぎ過ぎだぞ、と」
少しだけベッドを囲うカーテンを開けると、目を閉じたヒロインの胸が規則正しく上下しているのが見えた。入院初日よりは顔の腫れも引いたとは言え、まだヒロインの顔にははっきりと痣が残っている。時間が経つと消えると医師は言ったが、レノにとっては何も慰めにならなかった。
イリーナはヒロインには言わなかったが、主犯の女はレノの元カノだ。半年前にヒロインと食事に行ったときに泣き喚いた例の女だった。女は別れた原因がヒロインにあると思い、痛めつける機会を狙っていたらしい。レノも犯人たちを締め上げて数発見舞ったが、心が軽くなることはなかった。
「悪かったな、オレのせいで」
「…何でレノが謝るの?」
「起きてたのかよ」
「寝たなんて言ってない」
ぱちりとヒロインの目が開き、真っ直ぐこちらを見ていた。
「そんなことより、お見舞いは?」
「は?」
レノは思わず素っ頓狂な声を上げた。突然何を言い出すのかと、ヒロインの方を見て訝しんでいると、ヒロインがベッド脇の棚を指さした。そこには、数々の見舞いの品が置かれていた。ツォンは花束を、ルードはフルーツの盛り合わせ、イリーナはヒロインが普段食べているお菓子を見舞いと言って持ってきていた。
「レノだけお見舞いなし!ありえなくない?」
「ありえるだろ。ずっとここにいるんだから、オレが見舞いの品みたいなもんだぞ、と」
嬉しいだろ?と言外に匂わせてにやりと笑ってみせたが、ヒロインはにこりともせず、それどころか思い切り嫌な顔をした。
「…バッカじゃないの?」
心底呆れたと言わんばかりのヒロインの態度に、さすがのレノも少し傷つく。相変わらずの物言いで、ヒロインらしさが出てきたのは嬉しいことだが、もう少し可愛げがあればいいのにと思わずにはいられなかった。
「あ!そうだった…」
ふと何か思いついたように声を上げ、ヒロインの顔が優しい笑みに変わった。
「私、駅前のケーキ食べたいなぁ」
ヒロインがレノに何かをお願いするときの常套手段。悔しいことに、ヒロインの笑顔にレノは弱い。美人のヒロインに優しく微笑まれると何でもお願いをきいてあげたくなるのだが、今日は少しだけ抵抗してやろうと「仕方ないな」というのをぐっと堪えた。
「…こんな痣だらけの顔じゃ無理か」
が、今日に限ってはそれは大いに間違った選択だった。自虐的な笑みを浮かべ、寂しそうな目をするヒロインを見て、レノはしまったと後悔したがもう遅い。
「レノにお願い聞いてもらう別の手段考えないとなぁ」
口では冗談めかしているが、ヒロインの目は全く笑っていない。
「ケーキも嘘だから。今は、何もいらない。あー、今日はいっぱい話したから疲れちゃった。おやすみ!」
一息にそう言い切ったヒロインが、レノに背を向けて布団に潜り込んだ。明確に拒絶の意思を示しているその背中が少し震えているように見えた。
レノは小さく溜息をつくと、ベッドの端に腰掛けた。
「何だよ、ケーキいらないのか?せっかく買いに行く気になったのに」
「嘘つき」
「嘘じゃないぞ、と」
「絶対に嘘。レノは美人にしか優しくないじゃない」
レノが昔口説こうとした美人のヒロインはもういないと、ヒロインが言う。あの自信満々で強気のヒロインがここまで卑屈になっているのを見ると、レノの想像以上にヒロインは苦しんでいるようだった。
「言っただろ?美人だろうがなかろうが、ヒロインのことが好きだからみんな優しくするんだぞ、と」
レノは背中越しにヒロインの様子を窺った。ヒロインはピクリとも動かない。今は何を言っても無駄かと思い、日を改めようと腰を半分浮かせたとき、ヒロインの手がレノのスーツの端を掴んだ。
「レノは、どう思ってるの?」
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「ったく、一人で騒ぎ過ぎだぞ、と」
少しだけベッドを囲うカーテンを開けると、目を閉じたヒロインの胸が規則正しく上下しているのが見えた。入院初日よりは顔の腫れも引いたとは言え、まだヒロインの顔にははっきりと痣が残っている。時間が経つと消えると医師は言ったが、レノにとっては何も慰めにならなかった。
イリーナはヒロインには言わなかったが、主犯の女はレノの元カノだ。半年前にヒロインと食事に行ったときに泣き喚いた例の女だった。女は別れた原因がヒロインにあると思い、痛めつける機会を狙っていたらしい。レノも犯人たちを締め上げて数発見舞ったが、心が軽くなることはなかった。
「悪かったな、オレのせいで」
「…何でレノが謝るの?」
「起きてたのかよ」
「寝たなんて言ってない」
ぱちりとヒロインの目が開き、真っ直ぐこちらを見ていた。
「そんなことより、お見舞いは?」
「は?」
レノは思わず素っ頓狂な声を上げた。突然何を言い出すのかと、ヒロインの方を見て訝しんでいると、ヒロインがベッド脇の棚を指さした。そこには、数々の見舞いの品が置かれていた。ツォンは花束を、ルードはフルーツの盛り合わせ、イリーナはヒロインが普段食べているお菓子を見舞いと言って持ってきていた。
「レノだけお見舞いなし!ありえなくない?」
「ありえるだろ。ずっとここにいるんだから、オレが見舞いの品みたいなもんだぞ、と」
嬉しいだろ?と言外に匂わせてにやりと笑ってみせたが、ヒロインはにこりともせず、それどころか思い切り嫌な顔をした。
「…バッカじゃないの?」
心底呆れたと言わんばかりのヒロインの態度に、さすがのレノも少し傷つく。相変わらずの物言いで、ヒロインらしさが出てきたのは嬉しいことだが、もう少し可愛げがあればいいのにと思わずにはいられなかった。
「あ!そうだった…」
ふと何か思いついたように声を上げ、ヒロインの顔が優しい笑みに変わった。
「私、駅前のケーキ食べたいなぁ」
ヒロインがレノに何かをお願いするときの常套手段。悔しいことに、ヒロインの笑顔にレノは弱い。美人のヒロインに優しく微笑まれると何でもお願いをきいてあげたくなるのだが、今日は少しだけ抵抗してやろうと「仕方ないな」というのをぐっと堪えた。
「…こんな痣だらけの顔じゃ無理か」
が、今日に限ってはそれは大いに間違った選択だった。自虐的な笑みを浮かべ、寂しそうな目をするヒロインを見て、レノはしまったと後悔したがもう遅い。
「レノにお願い聞いてもらう別の手段考えないとなぁ」
口では冗談めかしているが、ヒロインの目は全く笑っていない。
「ケーキも嘘だから。今は、何もいらない。あー、今日はいっぱい話したから疲れちゃった。おやすみ!」
一息にそう言い切ったヒロインが、レノに背を向けて布団に潜り込んだ。明確に拒絶の意思を示しているその背中が少し震えているように見えた。
レノは小さく溜息をつくと、ベッドの端に腰掛けた。
「何だよ、ケーキいらないのか?せっかく買いに行く気になったのに」
「嘘つき」
「嘘じゃないぞ、と」
「絶対に嘘。レノは美人にしか優しくないじゃない」
レノが昔口説こうとした美人のヒロインはもういないと、ヒロインが言う。あの自信満々で強気のヒロインがここまで卑屈になっているのを見ると、レノの想像以上にヒロインは苦しんでいるようだった。
「言っただろ?美人だろうがなかろうが、ヒロインのことが好きだからみんな優しくするんだぞ、と」
レノは背中越しにヒロインの様子を窺った。ヒロインはピクリとも動かない。今は何を言っても無駄かと思い、日を改めようと腰を半分浮かせたとき、ヒロインの手がレノのスーツの端を掴んだ。
「レノは、どう思ってるの?」
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