立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花 4
ヒロイン
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黙っていればいい女。
ヒロインのことを話すとき、誰もが口を揃えて言う。近づく者には一撃必殺の毒を浴びせる、他を寄せ付けない猛毒の高嶺の花。
ただ、昨日最後に見た笑顔は柔らかく、可憐に咲き誇る美しい花だった。
ギリギリ朝と呼べるいつもの時間に出社すると、珍しくオフィスには誰もいなかった。ツォンは会議、ルードとイリーナは任務でいないことも多いが、ヒロインがいないのは不自然だった。有給かと思ったが、昨日は一言もそんなことは言っていなかった。
(風邪でも引いたか?)
昨日、遅くまで付き合わせたせいだろうか。レノはしばし悩んだ末、ヒロインに支給されている社用携帯に電話をかけた。プライベートの連絡先は教えてもらっていない。以前に一度、軽い気持ちで教えてくれと言ったところ、物凄く嫌そうな顔で「身の程を知れ」とヒロインに冷たくあしらわれたのだった。
ヒロインの社用携帯はいつまで経っても応答することなく、コール音が流れ続けた。それを聞き続けるのにも飽き、放っておくかと思い始めたところでコール音が終わった。
「おーい、遅刻だぞ、と」
冗談っぽく言ったが、向こう側にいるだろうヒロインは何の反応も示さなかった。何かざわついた音は聞こえるが、ヒロインの声は聞こえてこない。流石に嫌な予感がし、レノは眉をひそめ声を低くした。
「おい。この電話の持ち主を出せ」
殺されたくなかったら。
そう言おうとしたところで、相手が反応した。
『えっと…お知り合いの方、ですか?ヒロイン…さんの?』
聞こえてきたのはわずかに怯えたような女性の声だった。通話の相手は一つ一つ確認するようにゆっくりと話し出した。
「だったら?あんたこそ、誰だ?」
『す、すみません。私、中央病院の看護師です。今日の朝、ヒロインさんが急患で運ばれてきて、お知り合いの方に連絡を取ろうとしたところだったんです』
病院?急患?
レノは目の前が真っ暗になるのを感じながらも、ここで動揺するわけにはいかないと気力で己を律して看護師に事情を尋ねた。しかし、看護師も細かな状況は把握していないようで、レノは彼女から満足のいく答えが得られないとわかるや否や、今から病院に向かうと告げて電話を切った。
昨日、帰りが遅くなったせいだろうか。
もしそうだとしたら――
考えは悪い方へとどんどん転がっていく。
病院までは車でそう遠くない距離だったが、焦りと不安に追い立てられているレノにとってはもどかしい距離でもあった。
レノは病院につくと事前に聞いていた病室に向かった。エレベーターが下りてくるのを待つ時間すらもどかしく、レノはその長い脚を生かし、階段を駆け上がった。わずかに切れた息を整えてからフロアに入ると、レノは焦る気持ちを押さえつけて、努めて冷静な様子で通りすがりの看護師に声をかけて病室の場所を確認した。すると、若い看護師は顔を曇らせ、硬い口調で案内すると言った。
嫌な予感が確信に変わり、レノは何があっても取り乱さないよう覚悟を決めた。
病室の白いカーテンの向こうでヒロインは眠っていた。いや、看護師に案内してもらわなければ、ここで眠っているのがヒロインだとは気づかなかっただろう。ヒロインの顔は全体が赤く、一回りぐらい顔が大きくなったように見えた。特に右瞼はひどく腫れており、目を開けることすら難しそうだった。長く綺麗だった髪も右側だけ顎のあたりまでの長さになっている。ナイフか何かで雑に切られたように見えた。
目に見える範囲でこれだけひどいのだ。布団に覆われ隠れている部分の傷を想像するだけでレノの心は痛んだ。
「私から怪我の具合の説明を」
病室にやってきた医師がレノに対して説明を始めた。見えている部分についてはレノの所見と同じで、それ以外の部分についてはレノが想像していたよりも怪我の程度は軽いとのことだった。最も心配していたレイプもされていないと聞いて、ようやくレノは肩の力を抜いた。
レノはタークスの権限を使って、ヒロインを特別病棟に移す手配をした。そちらであれば警備も万全な上、通常よりもいい治療が受けられるからだ。
ヒロインの移動のために慌ただしく動き始めた医師と看護師の邪魔にならないよう、レノは一度病室から離れ、階段の踊り場でツォンに電話を掛けた。
『レノ、仕事をほったらかしてどこに行っている!』
案の定、第一声はツォンの小言だったが、レノは少し声を大きくしてそれを遮った。
「ヒロインが暴行された」
端的に伝えた事実は普段冷静沈着なツォンすらも動揺させたようで、しばし無言が続いた。
「今、病院にいて、特別病棟への移送手続きを済ませたとこだぞ、と」
『あ、あぁ、それで問題ない。事情は理解した。レノはヒロインについていろ。犯人探しは私たちで行う』
さすがタークスの主任である。一瞬で思考を切り替え、最適な判断を下す。タークスの精鋭3名が注力するなら、犯人はすぐに捕まるだろう。レノはツォンに言われた通り、ヒロインのそばにいるため病室に向かった。
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ヒロインのことを話すとき、誰もが口を揃えて言う。近づく者には一撃必殺の毒を浴びせる、他を寄せ付けない猛毒の高嶺の花。
ただ、昨日最後に見た笑顔は柔らかく、可憐に咲き誇る美しい花だった。
ギリギリ朝と呼べるいつもの時間に出社すると、珍しくオフィスには誰もいなかった。ツォンは会議、ルードとイリーナは任務でいないことも多いが、ヒロインがいないのは不自然だった。有給かと思ったが、昨日は一言もそんなことは言っていなかった。
(風邪でも引いたか?)
昨日、遅くまで付き合わせたせいだろうか。レノはしばし悩んだ末、ヒロインに支給されている社用携帯に電話をかけた。プライベートの連絡先は教えてもらっていない。以前に一度、軽い気持ちで教えてくれと言ったところ、物凄く嫌そうな顔で「身の程を知れ」とヒロインに冷たくあしらわれたのだった。
ヒロインの社用携帯はいつまで経っても応答することなく、コール音が流れ続けた。それを聞き続けるのにも飽き、放っておくかと思い始めたところでコール音が終わった。
「おーい、遅刻だぞ、と」
冗談っぽく言ったが、向こう側にいるだろうヒロインは何の反応も示さなかった。何かざわついた音は聞こえるが、ヒロインの声は聞こえてこない。流石に嫌な予感がし、レノは眉をひそめ声を低くした。
「おい。この電話の持ち主を出せ」
殺されたくなかったら。
そう言おうとしたところで、相手が反応した。
『えっと…お知り合いの方、ですか?ヒロイン…さんの?』
聞こえてきたのはわずかに怯えたような女性の声だった。通話の相手は一つ一つ確認するようにゆっくりと話し出した。
「だったら?あんたこそ、誰だ?」
『す、すみません。私、中央病院の看護師です。今日の朝、ヒロインさんが急患で運ばれてきて、お知り合いの方に連絡を取ろうとしたところだったんです』
病院?急患?
レノは目の前が真っ暗になるのを感じながらも、ここで動揺するわけにはいかないと気力で己を律して看護師に事情を尋ねた。しかし、看護師も細かな状況は把握していないようで、レノは彼女から満足のいく答えが得られないとわかるや否や、今から病院に向かうと告げて電話を切った。
昨日、帰りが遅くなったせいだろうか。
もしそうだとしたら――
考えは悪い方へとどんどん転がっていく。
病院までは車でそう遠くない距離だったが、焦りと不安に追い立てられているレノにとってはもどかしい距離でもあった。
レノは病院につくと事前に聞いていた病室に向かった。エレベーターが下りてくるのを待つ時間すらもどかしく、レノはその長い脚を生かし、階段を駆け上がった。わずかに切れた息を整えてからフロアに入ると、レノは焦る気持ちを押さえつけて、努めて冷静な様子で通りすがりの看護師に声をかけて病室の場所を確認した。すると、若い看護師は顔を曇らせ、硬い口調で案内すると言った。
嫌な予感が確信に変わり、レノは何があっても取り乱さないよう覚悟を決めた。
病室の白いカーテンの向こうでヒロインは眠っていた。いや、看護師に案内してもらわなければ、ここで眠っているのがヒロインだとは気づかなかっただろう。ヒロインの顔は全体が赤く、一回りぐらい顔が大きくなったように見えた。特に右瞼はひどく腫れており、目を開けることすら難しそうだった。長く綺麗だった髪も右側だけ顎のあたりまでの長さになっている。ナイフか何かで雑に切られたように見えた。
目に見える範囲でこれだけひどいのだ。布団に覆われ隠れている部分の傷を想像するだけでレノの心は痛んだ。
「私から怪我の具合の説明を」
病室にやってきた医師がレノに対して説明を始めた。見えている部分についてはレノの所見と同じで、それ以外の部分についてはレノが想像していたよりも怪我の程度は軽いとのことだった。最も心配していたレイプもされていないと聞いて、ようやくレノは肩の力を抜いた。
レノはタークスの権限を使って、ヒロインを特別病棟に移す手配をした。そちらであれば警備も万全な上、通常よりもいい治療が受けられるからだ。
ヒロインの移動のために慌ただしく動き始めた医師と看護師の邪魔にならないよう、レノは一度病室から離れ、階段の踊り場でツォンに電話を掛けた。
『レノ、仕事をほったらかしてどこに行っている!』
案の定、第一声はツォンの小言だったが、レノは少し声を大きくしてそれを遮った。
「ヒロインが暴行された」
端的に伝えた事実は普段冷静沈着なツォンすらも動揺させたようで、しばし無言が続いた。
「今、病院にいて、特別病棟への移送手続きを済ませたとこだぞ、と」
『あ、あぁ、それで問題ない。事情は理解した。レノはヒロインについていろ。犯人探しは私たちで行う』
さすがタークスの主任である。一瞬で思考を切り替え、最適な判断を下す。タークスの精鋭3名が注力するなら、犯人はすぐに捕まるだろう。レノはツォンに言われた通り、ヒロインのそばにいるため病室に向かった。
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