二人の歩き方
ヒロイン
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会社の同僚が妊娠したと同時に結婚が決まったと言ったのを聞いて、心がずしりと重くなった。
結婚を全く意識していなかったわけではない。私たちには早いと思って、ずっと目を背けていた。
それが今日、改めて自分たちのことを意識させられて、私の心と身体は驚くほど動揺していた。
レノとは付き合い始めてかなりになる。付き合い始めはお互い若く、この先どうなるかもわからなかったから、ただの軽い関係でいいと思っていた。しかし、月日を重ねるうちにお互いが心地よい存在になり、いつのまにか隣にいることが当たり前になっていた。
ただ、レノの仕事は不規則なこともあり、同棲はしていなかった。別々の場所に住んで、予定が合うときは外で会って、身体を重ねて、たまに互いの家で過ごす。ここ最近はずっとその繰り返しだった。
何度か同棲しないかとそれとなく話してはみたが、それはやんわりと断られた。仕事があるからかと思っていたが、本当はどうだったのだろう。
「あぁ、最悪だ…」
同僚のおめでたい話を聞いた後にこんな気分になるなんて。最悪で最低。
嫉妬とは違う、暗い感情。焦りと不安。
それらを溜息で吐き出しても、すぐに心が黒く塗りつぶされる。
自然と潤んでくる目も、締め付けられるように苦しい胸も、何もかもが辛くて、私は家で一人、ソファに横になって目を閉じた。
起きたら、何も気にしていなかった頃に戻れますように。
当然、少し寝たぐらいで気分がすっきりするはずもなく、仮眠から目覚めた私は冷蔵庫からビールを取り出した。レノがきたときに好んで飲んでいる銘柄のビールだった。
あまりお酒は得意ではなかったが、今日なら美味しく飲めそうだと思い、プルタブを引き開けて、勢いよく喉にビールを流し込んだ。
苦い。
飲まなきゃよかったと後悔を始めたとき、リビングのテーブルに置いていた携帯が鳴った。
「もしもし…」
『ヒロイン、久しぶりに飲みに行こうぜ』
久しぶりにレノの声を聞き、自然と目が潤んで声が詰まった。
会いたい。けど、こんな状態で会いたくない。今会ってしまえば、きっとレノの前で泣き喚いてしまう。
「…今日は、疲れて――」
『あー、やっぱ今のナシ!近くにいるから、ヒロインんちに行くぞ、と』
「え、あ、ちょっと待っ…」
静止する暇もなく、レノは電話を切った。
どうしよう。困った。どんな顔をして会えば?
そんなことばかりぐるぐる考えていると、時間はあっという間に過ぎていき、インターホンが鳴った。
さすがにレノを追い返すわけにも行かず、私はレノを迎え入れた。
「いらっしゃい」
ドアを開けた途端、レノが抱きついてきた。
私が目を白黒させていると、レノはさらにきつく私を抱きしめた。
「どうしたの、急に…」
「ずっとこうしたかったんだぞ、と」
レノの腕の中は温かく、ざわざわと落ち着かなかった心が静まっていく。
「ごめんな、ずっと寂しい思いさせて」
今の気持ちを全部見透かされたようで、急に恥ずかしくなった私は大声でそれを否定してしまった。
するとレノはすべてわかっていると言わんばかりに、私の頭を撫でた。
「今の仕事が一段落したら、言おうと思ってたんだけどよ。やっぱもう我慢出来ないから、今言っておく」
レノの腕の力が緩まり、私はレノの胸に押し付けていた顔を上げた。
見上げた先のレノの顔は少し赤く、珍しく照れているようでもあった。
「オレと一緒に住もうぜ」
ほんの少し、プロポーズを期待していた。だから、ちょっとがっかりした気持ちがなかったわけではない。しかし、プロポーズの一歩手前の提案は、なんとも私たちらしいと思ってしまった。
「あー…もしかして、プロポーズ期待してたとか?」
「うん、少し」
正直に伝えると、レノは困ったように頭を掻いた。
「一緒に住むのも、同じぐらいうれしいよ」
私は少し背伸びをして、レノの口に軽く口づけた。
「それに、ゆっくり少しずつ歩いていくのも、私たちらしいでしょ?」
「そうだな」
レノがにやりと笑った。
「じゃあ飯食う前に、エッチするのもオレたちらしいってことで」
「えっ」
拒む間もないぐらい素早く私を抱き上げたレノは、真っ直ぐに寝室に向かう。
そして、ベッドに私を寝かせると、覆いかぶさってきた。
「一緒に住んだら、毎日できるな」
「それは、検討事項」
レノが触れたところから、どす黒く染まったものが浄化されて、温かいもので満たされていく。
隣にレノがいて、一緒に歩いていけるだけで幸せなのだと、私は改めて実感した。それと同時に、何を焦っていたんだろうとも思う。
私たちは私たちらしく、二人でゆっくり進んでいけばいい。
「いつか、プロポーズの言葉も聞かせてね」
子供のようなあどけない顔をして眠るレノの額に口づけた。
「…遠くない未来に聞かせてやるぞ、と」
「期待してる」
油断も隙もない。私は苦笑しつつ、目を閉じた。
その遠くない未来を期待して。
END
2021/08/28
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結婚を全く意識していなかったわけではない。私たちには早いと思って、ずっと目を背けていた。
それが今日、改めて自分たちのことを意識させられて、私の心と身体は驚くほど動揺していた。
レノとは付き合い始めてかなりになる。付き合い始めはお互い若く、この先どうなるかもわからなかったから、ただの軽い関係でいいと思っていた。しかし、月日を重ねるうちにお互いが心地よい存在になり、いつのまにか隣にいることが当たり前になっていた。
ただ、レノの仕事は不規則なこともあり、同棲はしていなかった。別々の場所に住んで、予定が合うときは外で会って、身体を重ねて、たまに互いの家で過ごす。ここ最近はずっとその繰り返しだった。
何度か同棲しないかとそれとなく話してはみたが、それはやんわりと断られた。仕事があるからかと思っていたが、本当はどうだったのだろう。
「あぁ、最悪だ…」
同僚のおめでたい話を聞いた後にこんな気分になるなんて。最悪で最低。
嫉妬とは違う、暗い感情。焦りと不安。
それらを溜息で吐き出しても、すぐに心が黒く塗りつぶされる。
自然と潤んでくる目も、締め付けられるように苦しい胸も、何もかもが辛くて、私は家で一人、ソファに横になって目を閉じた。
起きたら、何も気にしていなかった頃に戻れますように。
当然、少し寝たぐらいで気分がすっきりするはずもなく、仮眠から目覚めた私は冷蔵庫からビールを取り出した。レノがきたときに好んで飲んでいる銘柄のビールだった。
あまりお酒は得意ではなかったが、今日なら美味しく飲めそうだと思い、プルタブを引き開けて、勢いよく喉にビールを流し込んだ。
苦い。
飲まなきゃよかったと後悔を始めたとき、リビングのテーブルに置いていた携帯が鳴った。
「もしもし…」
『ヒロイン、久しぶりに飲みに行こうぜ』
久しぶりにレノの声を聞き、自然と目が潤んで声が詰まった。
会いたい。けど、こんな状態で会いたくない。今会ってしまえば、きっとレノの前で泣き喚いてしまう。
「…今日は、疲れて――」
『あー、やっぱ今のナシ!近くにいるから、ヒロインんちに行くぞ、と』
「え、あ、ちょっと待っ…」
静止する暇もなく、レノは電話を切った。
どうしよう。困った。どんな顔をして会えば?
そんなことばかりぐるぐる考えていると、時間はあっという間に過ぎていき、インターホンが鳴った。
さすがにレノを追い返すわけにも行かず、私はレノを迎え入れた。
「いらっしゃい」
ドアを開けた途端、レノが抱きついてきた。
私が目を白黒させていると、レノはさらにきつく私を抱きしめた。
「どうしたの、急に…」
「ずっとこうしたかったんだぞ、と」
レノの腕の中は温かく、ざわざわと落ち着かなかった心が静まっていく。
「ごめんな、ずっと寂しい思いさせて」
今の気持ちを全部見透かされたようで、急に恥ずかしくなった私は大声でそれを否定してしまった。
するとレノはすべてわかっていると言わんばかりに、私の頭を撫でた。
「今の仕事が一段落したら、言おうと思ってたんだけどよ。やっぱもう我慢出来ないから、今言っておく」
レノの腕の力が緩まり、私はレノの胸に押し付けていた顔を上げた。
見上げた先のレノの顔は少し赤く、珍しく照れているようでもあった。
「オレと一緒に住もうぜ」
ほんの少し、プロポーズを期待していた。だから、ちょっとがっかりした気持ちがなかったわけではない。しかし、プロポーズの一歩手前の提案は、なんとも私たちらしいと思ってしまった。
「あー…もしかして、プロポーズ期待してたとか?」
「うん、少し」
正直に伝えると、レノは困ったように頭を掻いた。
「一緒に住むのも、同じぐらいうれしいよ」
私は少し背伸びをして、レノの口に軽く口づけた。
「それに、ゆっくり少しずつ歩いていくのも、私たちらしいでしょ?」
「そうだな」
レノがにやりと笑った。
「じゃあ飯食う前に、エッチするのもオレたちらしいってことで」
「えっ」
拒む間もないぐらい素早く私を抱き上げたレノは、真っ直ぐに寝室に向かう。
そして、ベッドに私を寝かせると、覆いかぶさってきた。
「一緒に住んだら、毎日できるな」
「それは、検討事項」
レノが触れたところから、どす黒く染まったものが浄化されて、温かいもので満たされていく。
隣にレノがいて、一緒に歩いていけるだけで幸せなのだと、私は改めて実感した。それと同時に、何を焦っていたんだろうとも思う。
私たちは私たちらしく、二人でゆっくり進んでいけばいい。
「いつか、プロポーズの言葉も聞かせてね」
子供のようなあどけない顔をして眠るレノの額に口づけた。
「…遠くない未来に聞かせてやるぞ、と」
「期待してる」
油断も隙もない。私は苦笑しつつ、目を閉じた。
その遠くない未来を期待して。
END
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