恋人契約 - 保留 -
ヒロイン
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1ヶ月限定の賭けはとてもシンプルだ。レノをまた好きになるかならないか。どうせ何も変わらないと高をくくっていたヒロインは、週明けの昼休みに賭けにのったことをたっぷりと後悔することになった。
「…何してるの?」
一人で昼を取っていたところに現れ、許可してもいないのに向かいに当たり前のように座ったレノを、ヒロインは思い切り睨みつけた。
「せっかくだから、一緒に昼休みを過ごそうかと思って来たんだぞ、と」
悪びれる様子もなく、レノはただただ楽しそうだった。
「よく賭けの対象にした女と一緒にいられるね」
ヒロインとしては、レノが節操のない男と思われるのを心配して言ったのだが、言葉をそのまま受け取れば嫌味にしか聞こえない。言ってしまってからそれに気づいたヒロインは、片手で口を押さえた。
「あの…ごめん、嫌味、じゃなくて…」
「わかってるぞ、と。心配してくれたんだろ?でも、その言い方は少し傷つくな」
レノが苦笑していた。
「ごめん、気をつけ、る…じゃなくて!」
珍しく声を荒げたヒロインに驚いた近くの社員が一斉に二人の方を見た。周囲の注目を集めてしまったヒロインは、赤面した顔を見られないように軽く俯いて、髪で表情を隠した。完全にレノのペースに巻き込まれている、というよりは、自分で巻き込まれに行ってしまったヒロインは、咳払いをすると背筋を伸ばし、一度大きく深呼吸した。
「…どうして向かいに座ったの?席ならいっぱいあるでしょ」
いつもの調子を取り戻して落ち着いたヒロインは、周囲に聞かれないように少し声のボリュームを落とした。
「さっきのヒロイン、可愛かったぞ、と」
しかし、そんなことを気にしないレノは全く声の大きさを変えず、そのせいで二人の会話に聞き耳を立てていた数人の視線がヒロインに集まった。思わず聞かれていないかと辺りを見回したヒロインと、その中の一人の目が合った。その男性社員は珍しいものでも見るかのように、大きく目を見開いてヒロインの真っ赤な顔を凝視していた。
レノの言葉も、周囲に聞かれてしまったことも何もかもが恥ずかしく、ヒロインはたまらず両手で顔を覆った。少し顔の熱さが収まってから、指の隙間からレノの方を見ると、レノはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。
このとき、ヒロインはレノの『手加減しない』の意味を理解した。あれは、もうなりふり構わないという宣言だ。ヒロインの関心を引くためならば、どんな手でも使ってくるだろう。ヒロインは賭けにのってしまったことを激しく後悔した。
「…からかうのは禁止」
「別にからかってないぞ、と。本心」
身体中の熱が引いて、ようやく顔を上げられるぐらい落ち着いたヒロインを迎えたのは、満面の笑みを浮かべたレノだった。本当に楽しそうにしているのが憎らしい。ヒロインは口をへの字に曲げてそっぽを向いた。
「休憩終わりだから、もう行く」
「なぁ、今日の夜の予定は?」
ヒロインは足を止め、レノの方を振り返った。
「ジム行って帰る」
「じゃあ、オレも行くぞ、と」
「絶対に来ないで!」
結局、昼休みいっぱいレノと過ごすことになってしまい、どっと疲れた身体を引きずって、ヒロインはオフィスに戻った。
オフィスに戻ると、同僚たちが集まって何やら話していた。自席に戻るために近くを通ると、少し話が聞こえてきた。
「いやー、見せたかったよ、あのヒロインの顔。普段高飛車で愛想ないくせに、レノの前ではタジタジで――」
思い切り先程の出来事を見られてしまったようだ。話していた同僚はヒロインに気づいて言葉を切ったがもう遅い。ヒロインは自分の頬が紅潮していくのを感じながら、足早にその場を通り過ぎた。そして、自席で頭を抱えた。
結局、その週はずっと昼も夜もレノと過ごす羽目になった。昼はともかく、夜は断ることもできたのだが、あまりにレノが無邪気に笑い、真っ直ぐ好意を向けてくるので、無碍にできなかった。
その次の週は、お互い少し落ち着いた距離感で付き合えるようになっていた。先週ほど会話は多くなかったが、いつのまにかお互いが隣にいるのが当たり前になり、沈黙の時間さえ心地よく感じ始めていた。夜も一緒に過ごすことが増えたが、レノは一度も無理に距離を詰めてくることはなかった。仕事が終わってから食事に行くかジムで同じ時間を過ごし、終電までには帰るという、極めて健全な関係だった。
少しずつこの関係にも慣れ、心地よさも感じてはいたが、終わりの日は一歩一歩近づいてきている。徐々に心がざわざわと落ち着かなくなっているのは、ヒロイン自身も気づいていた。
答えを出さなければ。でも、まだ時間はある。
今日もまた自分に言い訳をしながら、ヒロインはジムでレノを待っていた。しかし、レノは姿を見せなかった。次も、そのまた次の日も。連絡もなければ、こちらからの連絡に返事もない。何かあったのだろうか。不安を抱え、落ち着かない日々が過ぎていく。
レノは、約束の日になっても一度も姿を見せることはなかった。
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「…何してるの?」
一人で昼を取っていたところに現れ、許可してもいないのに向かいに当たり前のように座ったレノを、ヒロインは思い切り睨みつけた。
「せっかくだから、一緒に昼休みを過ごそうかと思って来たんだぞ、と」
悪びれる様子もなく、レノはただただ楽しそうだった。
「よく賭けの対象にした女と一緒にいられるね」
ヒロインとしては、レノが節操のない男と思われるのを心配して言ったのだが、言葉をそのまま受け取れば嫌味にしか聞こえない。言ってしまってからそれに気づいたヒロインは、片手で口を押さえた。
「あの…ごめん、嫌味、じゃなくて…」
「わかってるぞ、と。心配してくれたんだろ?でも、その言い方は少し傷つくな」
レノが苦笑していた。
「ごめん、気をつけ、る…じゃなくて!」
珍しく声を荒げたヒロインに驚いた近くの社員が一斉に二人の方を見た。周囲の注目を集めてしまったヒロインは、赤面した顔を見られないように軽く俯いて、髪で表情を隠した。完全にレノのペースに巻き込まれている、というよりは、自分で巻き込まれに行ってしまったヒロインは、咳払いをすると背筋を伸ばし、一度大きく深呼吸した。
「…どうして向かいに座ったの?席ならいっぱいあるでしょ」
いつもの調子を取り戻して落ち着いたヒロインは、周囲に聞かれないように少し声のボリュームを落とした。
「さっきのヒロイン、可愛かったぞ、と」
しかし、そんなことを気にしないレノは全く声の大きさを変えず、そのせいで二人の会話に聞き耳を立てていた数人の視線がヒロインに集まった。思わず聞かれていないかと辺りを見回したヒロインと、その中の一人の目が合った。その男性社員は珍しいものでも見るかのように、大きく目を見開いてヒロインの真っ赤な顔を凝視していた。
レノの言葉も、周囲に聞かれてしまったことも何もかもが恥ずかしく、ヒロインはたまらず両手で顔を覆った。少し顔の熱さが収まってから、指の隙間からレノの方を見ると、レノはにやにやと意地の悪い笑みを浮かべていた。
このとき、ヒロインはレノの『手加減しない』の意味を理解した。あれは、もうなりふり構わないという宣言だ。ヒロインの関心を引くためならば、どんな手でも使ってくるだろう。ヒロインは賭けにのってしまったことを激しく後悔した。
「…からかうのは禁止」
「別にからかってないぞ、と。本心」
身体中の熱が引いて、ようやく顔を上げられるぐらい落ち着いたヒロインを迎えたのは、満面の笑みを浮かべたレノだった。本当に楽しそうにしているのが憎らしい。ヒロインは口をへの字に曲げてそっぽを向いた。
「休憩終わりだから、もう行く」
「なぁ、今日の夜の予定は?」
ヒロインは足を止め、レノの方を振り返った。
「ジム行って帰る」
「じゃあ、オレも行くぞ、と」
「絶対に来ないで!」
結局、昼休みいっぱいレノと過ごすことになってしまい、どっと疲れた身体を引きずって、ヒロインはオフィスに戻った。
オフィスに戻ると、同僚たちが集まって何やら話していた。自席に戻るために近くを通ると、少し話が聞こえてきた。
「いやー、見せたかったよ、あのヒロインの顔。普段高飛車で愛想ないくせに、レノの前ではタジタジで――」
思い切り先程の出来事を見られてしまったようだ。話していた同僚はヒロインに気づいて言葉を切ったがもう遅い。ヒロインは自分の頬が紅潮していくのを感じながら、足早にその場を通り過ぎた。そして、自席で頭を抱えた。
結局、その週はずっと昼も夜もレノと過ごす羽目になった。昼はともかく、夜は断ることもできたのだが、あまりにレノが無邪気に笑い、真っ直ぐ好意を向けてくるので、無碍にできなかった。
その次の週は、お互い少し落ち着いた距離感で付き合えるようになっていた。先週ほど会話は多くなかったが、いつのまにかお互いが隣にいるのが当たり前になり、沈黙の時間さえ心地よく感じ始めていた。夜も一緒に過ごすことが増えたが、レノは一度も無理に距離を詰めてくることはなかった。仕事が終わってから食事に行くかジムで同じ時間を過ごし、終電までには帰るという、極めて健全な関係だった。
少しずつこの関係にも慣れ、心地よさも感じてはいたが、終わりの日は一歩一歩近づいてきている。徐々に心がざわざわと落ち着かなくなっているのは、ヒロイン自身も気づいていた。
答えを出さなければ。でも、まだ時間はある。
今日もまた自分に言い訳をしながら、ヒロインはジムでレノを待っていた。しかし、レノは姿を見せなかった。次も、そのまた次の日も。連絡もなければ、こちらからの連絡に返事もない。何かあったのだろうか。不安を抱え、落ち着かない日々が過ぎていく。
レノは、約束の日になっても一度も姿を見せることはなかった。
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