恋人契約 - 破棄 -
ヒロイン
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家に着くまで何度もレノから電話がかかってきていた。今更、何の用だと言うのか。謝罪?言い訳?レノ本人からのネタばらし?何にせよ、もう話すことなどない。
ヒロインは携帯をカバンに入れたまま、浴室に直行した。あのねっとりとした男の視線がまだ絡みついているようで気持ちが悪かった。
いつもより高い温度のシャワーを頭から浴びながら、ヒロインは今までのことを思い返していた。
初めはいけ好かない男だと思っていた。不躾で遠慮がない、失礼な男。レノが自分のことを賭けの対象としか見ていなかったなら、それも納得がいった。可愛いと散々おだて、ヒロインの言うことに共感して懐に入り込んできた。その手腕は見事という他ない。まんまと騙された。
でも、そのあとは?
謝ったことも、楽しいと言ったことも、レストランで少し躊躇っていたことも、全部賭けに勝つための芝居だったのだろうか。だとしたら、稀代のペテン師だ。
ヒロインは浴室の床に座り込んだ。胸が苦しい。
リフレッシュフロアでレノとすれ違ったときに燃え上がっていた怒りは、シャワーに打たれて消えた。そのあとには大きな悲しみの湖ができた。深く深く、底が見えない。悲しみは無限に湧き上がり、溢れた分は涙となって零れ落ちた。
ヒロインは声を上げて泣いた。涙も声も、シャワーに飲まれて流れていく。苦しみの原因である楽しかった思い出も一緒に流れて消えてしまえばいいのに。しかしそれは、心に楔のように打ち込まれて抜けてくれなかった。
翌日、ヒロインは腫れぼったい目と重たい頭を抱えたまま出社した。あれから携帯は一度も見ていない。見る気にもならなかった。幸い、その日はレノに会うことはなかった。無事一日を終えてほっとしたヒロインは、会社近くのバーに寄った。昔、男遊びをしていたときによく通っていた場所だった。
バーに入ると数人の男がこちらを見てにやりと笑った。その中の一人、カウンターにいた男の隣に腰掛けると、ヒロインはバーテンにウイスキーをダブルで注文し、それを一気に呷った。喉がかっと熱くなると同時に、思考が溶けていく。ヒロインを悩ませていた不安や悲しみも、ちくりと心に刺さっていた棘も綺麗さっぱり消え失せた。
一日ぶりに頭がすっきりしたヒロインは、男の方に向き直ると、わざと足を組み直した。短いスカートから伸びる太ももに、男の目は釘付けだった。落とせたことを確信したヒロインは口元に笑みを浮かべた。
お酒は便利だ。嫌なことも忘れられるし、簡単に昔の自分に戻ることができる。
いろんな男と身体を重ねることで自分を貶めて、心を削ぎ落としていたあの頃は何も感じなかった。心がなくなれば、罪悪感も後悔も何もない。
ただ、人を好きになることもなかった。ヒロインに好意を抱く男はいくらでもいたが、ヒロインにもそれを求めだした男とはすぐに距離を置いた。好意も愛情もいらない。肉欲に溺れ、身体を満足させてくれさえすればいい。
身体の関係に心は必要はない。
男の手が太ももの内側を撫でた。どうやら男には駆け引きを楽しむつもりはないらしい。相手を間違えたか。興がそがれたヒロインは、相手を変えようと立ち上がった。再び男を物色しようと辺りを見回したとき、見知った赤毛の男がこちらを見ていた。ヒロインはレノに向かってにやりと笑ってみせた。
レノは言葉を失ってそこに立ち尽くしていた。ヒロインにはそれがとても愉快だった。浅ましく男を誘う様子を見て、レノは幻滅しただろうか。もしそうだとしたら、これほど胸のすく話はない。レノが賭けの対象にした女は、その程度で気落ちする女ではないのだと見せつけることができて、ヒロインは歪んだ高揚感に包まれた。
一方で、男を誘う気は一切失せてしまった。ヒロインはカウンターに酒の代金を置くと、レノの横を通り過ぎて店を出た。
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ヒロインは携帯をカバンに入れたまま、浴室に直行した。あのねっとりとした男の視線がまだ絡みついているようで気持ちが悪かった。
いつもより高い温度のシャワーを頭から浴びながら、ヒロインは今までのことを思い返していた。
初めはいけ好かない男だと思っていた。不躾で遠慮がない、失礼な男。レノが自分のことを賭けの対象としか見ていなかったなら、それも納得がいった。可愛いと散々おだて、ヒロインの言うことに共感して懐に入り込んできた。その手腕は見事という他ない。まんまと騙された。
でも、そのあとは?
謝ったことも、楽しいと言ったことも、レストランで少し躊躇っていたことも、全部賭けに勝つための芝居だったのだろうか。だとしたら、稀代のペテン師だ。
ヒロインは浴室の床に座り込んだ。胸が苦しい。
リフレッシュフロアでレノとすれ違ったときに燃え上がっていた怒りは、シャワーに打たれて消えた。そのあとには大きな悲しみの湖ができた。深く深く、底が見えない。悲しみは無限に湧き上がり、溢れた分は涙となって零れ落ちた。
ヒロインは声を上げて泣いた。涙も声も、シャワーに飲まれて流れていく。苦しみの原因である楽しかった思い出も一緒に流れて消えてしまえばいいのに。しかしそれは、心に楔のように打ち込まれて抜けてくれなかった。
翌日、ヒロインは腫れぼったい目と重たい頭を抱えたまま出社した。あれから携帯は一度も見ていない。見る気にもならなかった。幸い、その日はレノに会うことはなかった。無事一日を終えてほっとしたヒロインは、会社近くのバーに寄った。昔、男遊びをしていたときによく通っていた場所だった。
バーに入ると数人の男がこちらを見てにやりと笑った。その中の一人、カウンターにいた男の隣に腰掛けると、ヒロインはバーテンにウイスキーをダブルで注文し、それを一気に呷った。喉がかっと熱くなると同時に、思考が溶けていく。ヒロインを悩ませていた不安や悲しみも、ちくりと心に刺さっていた棘も綺麗さっぱり消え失せた。
一日ぶりに頭がすっきりしたヒロインは、男の方に向き直ると、わざと足を組み直した。短いスカートから伸びる太ももに、男の目は釘付けだった。落とせたことを確信したヒロインは口元に笑みを浮かべた。
お酒は便利だ。嫌なことも忘れられるし、簡単に昔の自分に戻ることができる。
いろんな男と身体を重ねることで自分を貶めて、心を削ぎ落としていたあの頃は何も感じなかった。心がなくなれば、罪悪感も後悔も何もない。
ただ、人を好きになることもなかった。ヒロインに好意を抱く男はいくらでもいたが、ヒロインにもそれを求めだした男とはすぐに距離を置いた。好意も愛情もいらない。肉欲に溺れ、身体を満足させてくれさえすればいい。
身体の関係に心は必要はない。
男の手が太ももの内側を撫でた。どうやら男には駆け引きを楽しむつもりはないらしい。相手を間違えたか。興がそがれたヒロインは、相手を変えようと立ち上がった。再び男を物色しようと辺りを見回したとき、見知った赤毛の男がこちらを見ていた。ヒロインはレノに向かってにやりと笑ってみせた。
レノは言葉を失ってそこに立ち尽くしていた。ヒロインにはそれがとても愉快だった。浅ましく男を誘う様子を見て、レノは幻滅しただろうか。もしそうだとしたら、これほど胸のすく話はない。レノが賭けの対象にした女は、その程度で気落ちする女ではないのだと見せつけることができて、ヒロインは歪んだ高揚感に包まれた。
一方で、男を誘う気は一切失せてしまった。ヒロインはカウンターに酒の代金を置くと、レノの横を通り過ぎて店を出た。
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