恋人契約 - 更新 -
ヒロイン
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レノとの契約更新が決まり、迎えた仕事納めの日。ヒロインは昼休みをレノとリフレッシュフロアで過ごしていた。
午前で年内の仕事を終えた社員が多いのか、リフレッシュフロアはいつも以上に人が多く、浮かれた空気が漂っていた。会社から無料で軽食が提供されていることもあり、そこかしこで社員同士が集まり、ちょっとしたパーティーが始まっている。何人かの不届き者は既に酒も飲み始めたようだ。
その様子を軽く眉をひそめながら見ていたヒロインは、向かいに座るレノが溜息をついたのに気づいた。
「…どいつもこいつも浮かれやがってよ」
「嫌い?こういうの」
ヒロインが問うと、レノは再び溜息をついた。
「嫌いじゃねぇけどよ…オレはまだ仕事終わってないんだぞ、と」
なるほど、とヒロインは頷いた。
今日が仕事納めだったなら、レノもあの輪の中に混ざって楽しんでいたことだろう。レノはこういうお祭り騒ぎの場に馴染むのは得意そうだ。きっと、気づけば輪の中心にいて盛り上げ役になっているに違いない。それを想像し、ヒロインは少し口元を緩めた。
「ヒロインはこういうの、好きなのか?」
「嫌い」
即答したヒロインは、カップを持ち上げて、ぬるくなったコーヒーを一口飲んだ。
カップの向こうでは、レノが吹き出していた。何がおかしいのかと軽く眉をひそめてレノを見ると、レノはわざとらしく咳払いをした。
「…言いたいことがあるならどうぞ」
「あー…」
レノは視線を逸らして言い淀んだ。
ジムで会った日以来、レノはヒロインに対して言葉を選ぶようになった。ストレートな表現でからかうことはほとんどなくなり、ヒロインを傷つけないように気を遣っているようだった。しかし、ヒロイン自身はそこに微妙な距離を感じており、レノと話すたびにもやもやしていた。
ヒロインはカップを持ち上げたまま、じっとレノを見た。そして、いつも迫ってくる男性に手痛いしっぺ返しをする前のように穏やかな笑みを浮かべてみせた。
「…その顔。鋭い棘のある綺麗なバラって感じだな」
「褒めてるの?」
「半分は、な」
「そう。じゃあ半分だけ受け取っておく。で、何か言いたいこと、あるんでしょ?」
レノは落ち着かない様子で椅子に座り直していた。頬杖をつき、困ったように視線を彷徨わせている様子を見ていると、少し申し訳ない気持ちになる。言いたいことを飲み込まれるのは嫌だったが、それ以上にレノを困らせているのも嫌で、心にかかるモヤがさらに濃くなった。言いたくないならそれでもいいと言おうとしたとき、レノが口を開いた。
「…見た目通りだって言おうとしたんだぞ、と」
ヒロインは大きく目を見開いた。
派手な格好、きつい化粧。あまり他人を寄せ付ける見た目でも雰囲気でもないことは自覚していたので、レノの評価は正しい。
「それ、私が嫌がるかもって、気を遣ってくれたんだね。ありがとう」
レノの気遣いがうれしく、ヒロインは心から笑顔になった。レノは一瞬ぽかんとした表情を浮かべていたが、しばらくしてそっぽを向いた。その頬が少し赤いような気がしたが、きっと髪のせいでそう見えただけだろう。
「あ、いや…」
レノがさらに顔を背けたので、ヒロインはこの前の仕返しとばかりに、席を移動してレノの顔を覗き込もうとした。それよりも一歩早く、レノが椅子から立ち上がった。
急にレノが立ち上がったことに驚いたヒロインは、小さく声を上げた。
「悪い。相棒が迎えに来たから、そろそろ行くぞ、と」
「あ、今から出発なんだ」
見上げたレノは見たことのない締まった表情を浮かべていた。凡人であるヒロインでさえ、レノの周りの空気がぴりっと張り詰めたものに変わったことに気づいた。
気をつけてね。
そんな些細な言葉でさえ、かけるのを躊躇した。
「じゃあまた、年明けにな」
レノの軽い抱擁と唇へのキスを受けながら、ヒロインは小さく頷くことしかできなかった。
一人になってしばらくして、恋人のフリなのに唇へのキスはどうなのだろう、とヒロインは考えたが、悪い気分ではなかった。むしろ、『気をつけてね』と大事なことを言えなかったことのほうが心に引っかかっていた。
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午前で年内の仕事を終えた社員が多いのか、リフレッシュフロアはいつも以上に人が多く、浮かれた空気が漂っていた。会社から無料で軽食が提供されていることもあり、そこかしこで社員同士が集まり、ちょっとしたパーティーが始まっている。何人かの不届き者は既に酒も飲み始めたようだ。
その様子を軽く眉をひそめながら見ていたヒロインは、向かいに座るレノが溜息をついたのに気づいた。
「…どいつもこいつも浮かれやがってよ」
「嫌い?こういうの」
ヒロインが問うと、レノは再び溜息をついた。
「嫌いじゃねぇけどよ…オレはまだ仕事終わってないんだぞ、と」
なるほど、とヒロインは頷いた。
今日が仕事納めだったなら、レノもあの輪の中に混ざって楽しんでいたことだろう。レノはこういうお祭り騒ぎの場に馴染むのは得意そうだ。きっと、気づけば輪の中心にいて盛り上げ役になっているに違いない。それを想像し、ヒロインは少し口元を緩めた。
「ヒロインはこういうの、好きなのか?」
「嫌い」
即答したヒロインは、カップを持ち上げて、ぬるくなったコーヒーを一口飲んだ。
カップの向こうでは、レノが吹き出していた。何がおかしいのかと軽く眉をひそめてレノを見ると、レノはわざとらしく咳払いをした。
「…言いたいことがあるならどうぞ」
「あー…」
レノは視線を逸らして言い淀んだ。
ジムで会った日以来、レノはヒロインに対して言葉を選ぶようになった。ストレートな表現でからかうことはほとんどなくなり、ヒロインを傷つけないように気を遣っているようだった。しかし、ヒロイン自身はそこに微妙な距離を感じており、レノと話すたびにもやもやしていた。
ヒロインはカップを持ち上げたまま、じっとレノを見た。そして、いつも迫ってくる男性に手痛いしっぺ返しをする前のように穏やかな笑みを浮かべてみせた。
「…その顔。鋭い棘のある綺麗なバラって感じだな」
「褒めてるの?」
「半分は、な」
「そう。じゃあ半分だけ受け取っておく。で、何か言いたいこと、あるんでしょ?」
レノは落ち着かない様子で椅子に座り直していた。頬杖をつき、困ったように視線を彷徨わせている様子を見ていると、少し申し訳ない気持ちになる。言いたいことを飲み込まれるのは嫌だったが、それ以上にレノを困らせているのも嫌で、心にかかるモヤがさらに濃くなった。言いたくないならそれでもいいと言おうとしたとき、レノが口を開いた。
「…見た目通りだって言おうとしたんだぞ、と」
ヒロインは大きく目を見開いた。
派手な格好、きつい化粧。あまり他人を寄せ付ける見た目でも雰囲気でもないことは自覚していたので、レノの評価は正しい。
「それ、私が嫌がるかもって、気を遣ってくれたんだね。ありがとう」
レノの気遣いがうれしく、ヒロインは心から笑顔になった。レノは一瞬ぽかんとした表情を浮かべていたが、しばらくしてそっぽを向いた。その頬が少し赤いような気がしたが、きっと髪のせいでそう見えただけだろう。
「あ、いや…」
レノがさらに顔を背けたので、ヒロインはこの前の仕返しとばかりに、席を移動してレノの顔を覗き込もうとした。それよりも一歩早く、レノが椅子から立ち上がった。
急にレノが立ち上がったことに驚いたヒロインは、小さく声を上げた。
「悪い。相棒が迎えに来たから、そろそろ行くぞ、と」
「あ、今から出発なんだ」
見上げたレノは見たことのない締まった表情を浮かべていた。凡人であるヒロインでさえ、レノの周りの空気がぴりっと張り詰めたものに変わったことに気づいた。
気をつけてね。
そんな些細な言葉でさえ、かけるのを躊躇した。
「じゃあまた、年明けにな」
レノの軽い抱擁と唇へのキスを受けながら、ヒロインは小さく頷くことしかできなかった。
一人になってしばらくして、恋人のフリなのに唇へのキスはどうなのだろう、とヒロインは考えたが、悪い気分ではなかった。むしろ、『気をつけてね』と大事なことを言えなかったことのほうが心に引っかかっていた。
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