恋人契約 - 新規 -
ヒロイン
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ヒロインはさっとシャワーだけ浴びて、いつもよりも急いでロッカールームを出た。しかし、既にレノは身支度をきっちり整えて入口で待っていた。
「ゆっくりしてきてもよかったんだぞ、と」
レノがそう言ったのは、ヒロインがすっぴんで出てきたからだろう。いつもジム帰りは化粧を落としたままだったので特に気にせず出てきたが、レノと顔を合わせてから、やらかしてしまったことに気づいた。ヒロインはマフラーを引っ張り上げ、顔の半分を隠した。
二人はジムを出ると、近くのコーヒーショップに入った。ヒロインは店内に入っても、コートもマフラーも脱がずに、そのままの格好で椅子に腰掛けた。
「もっと可愛い顔見せてくれてもいいんだぞ、と」
レノがにやにやと笑い、ヒロインの前にコーヒーカップを置いた。ヒロインはレノのからかいを無視して、コーヒーカップに手を伸ばした。
「…いただきます」
ヒロインは少しだけマフラーを下にずらし、コーヒーを一口飲んだ。シャワーを浴びてすぐに外に出たせいで、余計に寒さを感じていた身体がゆっくりと温まっていく。喉も潤い、ヒロインはほっと息をついた。
「んー、その顔、やっぱいいな」
頬杖をつき、レノがこっちを見ていた。ヒロインはコーヒーカップを置くと、再びマフラーを引き上げた。
「そういうのは、彼女に言ってください」
「仮の彼女だから、間違ってないぞ、と」
「彼女の『フリ』です」
ヒロインが強く訂正すると、レノが肩を竦めた。
「話、あるんですよね」
神羅ビルから少し離れているとはいえ、同僚に会わないとも限らない。気づかれないかもしれないが、すっぴんでレノと一緒にいるところを見られたくなかった。長居は無用とばかりに、ヒロインはレノを急かした。
「そんなにすっぴん見られるのが嫌か?」
「嫌です。誰にでも見せるものじゃないでしょ」
「オレには見せてくれるのか?」
レノが下から顔を覗き込んできたので、ヒロインは目元までマフラーで覆った。
「見せるつもりはなかったですよ。何であのジムに…」
思わず恨み節が出てしまう。神羅の社員が少ないからこそ選んだジムだったのに、よりにもよってレノに会ってしまうとは、運がないにも程があった。
「そりゃ、うちの社員が少ないからだぞ、と。社内のジム、寄ってくる女が多すぎて落ち着かないんだよなぁ」
「あ、わかります。運動したいだけなのに、男は胸とか尻とか見てくるし、女はスタイル自慢してるとかなんとか言ってくるし、私がこのスタイル維持するのにどれだけ努力してると思って…」
そこまで一息に言い切ってから、ヒロインははっとしてマフラーの上から口を押さえた。レノの話が共感できるものだったこともあり、つい喋りすぎてしまった。恐る恐るレノを見ると、案の定、笑っていた。しかし、意地の悪い笑みではなく、心の底から楽しそうに笑っているように見えた。まるで、友人と他愛もない話をしているときのように。
「今までで一番話してくれた気がするぞ、と」
レノの言う通り、振り返れば二言三言ぐらいしか言葉を交わしていない。しかも、怒っていたり苛立っていたり、負の感情を言葉に乗せてばかりだった。こうやって少し肩の力を抜くだけで、普通に会話できたのに。
「会社でのことは、オレが悪かったぞ、と。ヒロインちゃんの見た目が…何というか、派手、だったからよ。遊び慣れてると思って、距離の取り方間違っちまった。本当に悪かった」
レノはテーブルに両手をつき、頭を下げた。これにはヒロインのほうが面食らった。レノは絶対人に頭を下げるタイプではないと思っていたこともあり、ヒロインは大いに慌てた。
「謝らないで、ください。私も、悪いところいっぱいあったから…ごめんなさい」
「じゃあ、これで痛み分けってことにしようぜ」
「はい」
二人はコーヒーを飲みながら、他愛もない話に興じた。
しばらくして、店員が閉店の時間だと告げに来たので、二人は再び寒空の下に出た。
「今日は楽しかったぞ、と」
「こちらこそ…」
こんなに人と話したのはいつぶりだろうか。レノとの会話が楽しいと気づいたのが、契約終了間際だということを、ヒロインは心から悔やんだ。もっと早く、きちんと話をしていたなら、この契約期間はもっとお互いに楽しいものだっただろうに。
ヒロインは素直にそのことをレノに告げた。すると、レノは少し目を丸くしていた。
「なぁ、ヒロイン」
今日の昼間のように、レノは言うか言うまいか逡巡しているようだった。ヒロインはレノの決心がつくまで待つことにした。レノのように真っ直ぐ目を見ることは難しかったので、レノの足元を見ていた。その足が、一歩こちらに近づいてきた。
「ヒロインがいいっていうなら、もう少し、仮の恋人契約、延長してくれないか?その…あれだ、バレンタイン!それ過ぎるまででどうだ?」
今度はヒロインが驚く番だった。それは、今のヒロインの気持ちと寸分違わず同じだった。ただ、その気持ちを素直に出すのは恥ずかしかったので、下を向いてマフラーで表情の半分以上を隠しながら頷くことしかできなかった。
「ありがとな」
「…仮の恋人じゃなくて、『恋人のフリ』ですよ」
「あぁ、わかってるぞ、と」
最後の最後で余計な一言をつい付け加えてしまった。きっとレノは苦笑していることだろう。
一ヶ月半の延長契約。その間に、レノと同じように自分の思っていることを素直に伝えることができるようになれたらと、すぐ隣を歩くレノを盗み見しながら、ヒロインは小さく決意したのだった。
END?
2020/12/30
.
「ゆっくりしてきてもよかったんだぞ、と」
レノがそう言ったのは、ヒロインがすっぴんで出てきたからだろう。いつもジム帰りは化粧を落としたままだったので特に気にせず出てきたが、レノと顔を合わせてから、やらかしてしまったことに気づいた。ヒロインはマフラーを引っ張り上げ、顔の半分を隠した。
二人はジムを出ると、近くのコーヒーショップに入った。ヒロインは店内に入っても、コートもマフラーも脱がずに、そのままの格好で椅子に腰掛けた。
「もっと可愛い顔見せてくれてもいいんだぞ、と」
レノがにやにやと笑い、ヒロインの前にコーヒーカップを置いた。ヒロインはレノのからかいを無視して、コーヒーカップに手を伸ばした。
「…いただきます」
ヒロインは少しだけマフラーを下にずらし、コーヒーを一口飲んだ。シャワーを浴びてすぐに外に出たせいで、余計に寒さを感じていた身体がゆっくりと温まっていく。喉も潤い、ヒロインはほっと息をついた。
「んー、その顔、やっぱいいな」
頬杖をつき、レノがこっちを見ていた。ヒロインはコーヒーカップを置くと、再びマフラーを引き上げた。
「そういうのは、彼女に言ってください」
「仮の彼女だから、間違ってないぞ、と」
「彼女の『フリ』です」
ヒロインが強く訂正すると、レノが肩を竦めた。
「話、あるんですよね」
神羅ビルから少し離れているとはいえ、同僚に会わないとも限らない。気づかれないかもしれないが、すっぴんでレノと一緒にいるところを見られたくなかった。長居は無用とばかりに、ヒロインはレノを急かした。
「そんなにすっぴん見られるのが嫌か?」
「嫌です。誰にでも見せるものじゃないでしょ」
「オレには見せてくれるのか?」
レノが下から顔を覗き込んできたので、ヒロインは目元までマフラーで覆った。
「見せるつもりはなかったですよ。何であのジムに…」
思わず恨み節が出てしまう。神羅の社員が少ないからこそ選んだジムだったのに、よりにもよってレノに会ってしまうとは、運がないにも程があった。
「そりゃ、うちの社員が少ないからだぞ、と。社内のジム、寄ってくる女が多すぎて落ち着かないんだよなぁ」
「あ、わかります。運動したいだけなのに、男は胸とか尻とか見てくるし、女はスタイル自慢してるとかなんとか言ってくるし、私がこのスタイル維持するのにどれだけ努力してると思って…」
そこまで一息に言い切ってから、ヒロインははっとしてマフラーの上から口を押さえた。レノの話が共感できるものだったこともあり、つい喋りすぎてしまった。恐る恐るレノを見ると、案の定、笑っていた。しかし、意地の悪い笑みではなく、心の底から楽しそうに笑っているように見えた。まるで、友人と他愛もない話をしているときのように。
「今までで一番話してくれた気がするぞ、と」
レノの言う通り、振り返れば二言三言ぐらいしか言葉を交わしていない。しかも、怒っていたり苛立っていたり、負の感情を言葉に乗せてばかりだった。こうやって少し肩の力を抜くだけで、普通に会話できたのに。
「会社でのことは、オレが悪かったぞ、と。ヒロインちゃんの見た目が…何というか、派手、だったからよ。遊び慣れてると思って、距離の取り方間違っちまった。本当に悪かった」
レノはテーブルに両手をつき、頭を下げた。これにはヒロインのほうが面食らった。レノは絶対人に頭を下げるタイプではないと思っていたこともあり、ヒロインは大いに慌てた。
「謝らないで、ください。私も、悪いところいっぱいあったから…ごめんなさい」
「じゃあ、これで痛み分けってことにしようぜ」
「はい」
二人はコーヒーを飲みながら、他愛もない話に興じた。
しばらくして、店員が閉店の時間だと告げに来たので、二人は再び寒空の下に出た。
「今日は楽しかったぞ、と」
「こちらこそ…」
こんなに人と話したのはいつぶりだろうか。レノとの会話が楽しいと気づいたのが、契約終了間際だということを、ヒロインは心から悔やんだ。もっと早く、きちんと話をしていたなら、この契約期間はもっとお互いに楽しいものだっただろうに。
ヒロインは素直にそのことをレノに告げた。すると、レノは少し目を丸くしていた。
「なぁ、ヒロイン」
今日の昼間のように、レノは言うか言うまいか逡巡しているようだった。ヒロインはレノの決心がつくまで待つことにした。レノのように真っ直ぐ目を見ることは難しかったので、レノの足元を見ていた。その足が、一歩こちらに近づいてきた。
「ヒロインがいいっていうなら、もう少し、仮の恋人契約、延長してくれないか?その…あれだ、バレンタイン!それ過ぎるまででどうだ?」
今度はヒロインが驚く番だった。それは、今のヒロインの気持ちと寸分違わず同じだった。ただ、その気持ちを素直に出すのは恥ずかしかったので、下を向いてマフラーで表情の半分以上を隠しながら頷くことしかできなかった。
「ありがとな」
「…仮の恋人じゃなくて、『恋人のフリ』ですよ」
「あぁ、わかってるぞ、と」
最後の最後で余計な一言をつい付け加えてしまった。きっとレノは苦笑していることだろう。
一ヶ月半の延長契約。その間に、レノと同じように自分の思っていることを素直に伝えることができるようになれたらと、すぐ隣を歩くレノを盗み見しながら、ヒロインは小さく決意したのだった。
END?
2020/12/30
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