恋人契約 - 新規 -
ヒロイン
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12月も終盤に差し掛かると、もうレノとヒロインの噂をするものはいなくなった。ヒロインを口説きに来る男もいなかったので、どうやら付き合っているという噂はまだ有効らしい。
リフレッシュフロアの一件以降、レノから連絡が来ることはなかった。休憩中に社内で会うこともなく、ヒロインは穏やかな日々を送っていた。
クリスマスイブもクリスマスも何事もなく過ぎていった。あと数日で今年の仕事は終了。つまり、レノとの契約も終わりだ。
ヒロインはいつものようにお昼をリフレッシュフロアで過ごしていた。しかし、今日に限ってはのんびり休憩する時間はなかった。ながらで食べられるゼリー飲料や栄養補助食品を購入すると、それらを食べながら仕事を再開した。
いつも以上に近寄りがたい雰囲気を漂わせていたにも関わらず、正面に誰かがやってきた気配を感じたヒロインは、思い切り顔をしかめつつも顔を上げることはしなかった。そうする時間すら惜しい。
「元気だったか?ヒロインちゃん」
その声の主は、もう会いたくない、会うこともないと思っていた人物だった。しかし、その声はいつもと違って嘲りの響きはなく、少し固いように感じた。
ヒロインは軽く眉をひそめ、手を止めて顔を上げた。
「…何か用ですか?」
忙しいから邪魔をするなと、僅かな怒りを言葉に乗せると、レノは困ったような顔で頭をかいた。そして、しばらく逡巡する様子を見せたのち、おずおずと口を開いた。
「前のこと、謝ろうと――」
「別に謝罪は必要ありません。慣れてますから」
ヒロインはみなまで言わせなかった。ぴしゃりとレノの言葉を撥ねつけると、レノはますます落ち込んだ様子を見せた。
自分でも相当嫌な女だとヒロインは思った。謝罪に来た相手に正面から苛立ちをぶつけたのだから。
多くの男性にしてきたように、強く拒絶すればそれでおしまいだと割り切れると思っていたが、そうはならなかった。レノの傷ついた顔を見ると、ガラにもなく罪悪感が湧いてくる。いつもならその顔に加虐心を煽られ、さらに痛めつけようと鋭い牙で噛み付くところだ。しかし、それをしてしまったら、自分だけでなくレノの大切なものもバラバラに壊してしまいそうで、最後の一歩を踏み出せなかった。
「もう戻ります」
ヒロインはパソコンを閉じて立ち上がった。
これ以上、レノと一緒にいてはいけないと思った。今のヒロインは爆発寸前のボムのような状態だ。何かがきっかけで、怒りに任せて自分もろともレノを傷つけかねない。それだけは絶対にしたくなかった。
「謝罪は受け入れなくていい。ただ、少し話をさせてくれ」
この場を離れようとしたヒロインは、レノに真剣な視線を向けられて動けなくなっていた。いつもなら、はぐらかし、茶化し、曖昧に笑って、嫌味の一つでも言うところなのに、レノを前にしては何もできなかった。
ここ数年、誰とも真っ直ぐ向き合わずに他人を突っぱね、嘲ることで自己を保ってきたヒロインにとっては、レノの真っ直ぐ向けられる視線も、嘘偽りのない言葉も恐怖でしかなかった。それらはどこかでヒロインがなくしたものだった。
「ヒロイン、そんな顔しないでくれよ」
ヒロインの強張った顔にレノの手が伸ばされる。レノの指先が頬に触れる寸前、ヒロインは思わず顔を背けた。
「…もう、放っておいて」
「わかったぞ、と」
最後のレノの言葉は、怒りと苛立ちが含まれていた。それはいつも男たちが最後にヒロインに向ける感情と同じもので、皮肉なことに、そのおかげでヒロインは冷静さを取り戻した。
去り行くレノの背中を見送りながら、ヒロインはいつものように口の端を歪めた。歪めたつもりだったが、唇が震えて上手くいかなかった。
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リフレッシュフロアの一件以降、レノから連絡が来ることはなかった。休憩中に社内で会うこともなく、ヒロインは穏やかな日々を送っていた。
クリスマスイブもクリスマスも何事もなく過ぎていった。あと数日で今年の仕事は終了。つまり、レノとの契約も終わりだ。
ヒロインはいつものようにお昼をリフレッシュフロアで過ごしていた。しかし、今日に限ってはのんびり休憩する時間はなかった。ながらで食べられるゼリー飲料や栄養補助食品を購入すると、それらを食べながら仕事を再開した。
いつも以上に近寄りがたい雰囲気を漂わせていたにも関わらず、正面に誰かがやってきた気配を感じたヒロインは、思い切り顔をしかめつつも顔を上げることはしなかった。そうする時間すら惜しい。
「元気だったか?ヒロインちゃん」
その声の主は、もう会いたくない、会うこともないと思っていた人物だった。しかし、その声はいつもと違って嘲りの響きはなく、少し固いように感じた。
ヒロインは軽く眉をひそめ、手を止めて顔を上げた。
「…何か用ですか?」
忙しいから邪魔をするなと、僅かな怒りを言葉に乗せると、レノは困ったような顔で頭をかいた。そして、しばらく逡巡する様子を見せたのち、おずおずと口を開いた。
「前のこと、謝ろうと――」
「別に謝罪は必要ありません。慣れてますから」
ヒロインはみなまで言わせなかった。ぴしゃりとレノの言葉を撥ねつけると、レノはますます落ち込んだ様子を見せた。
自分でも相当嫌な女だとヒロインは思った。謝罪に来た相手に正面から苛立ちをぶつけたのだから。
多くの男性にしてきたように、強く拒絶すればそれでおしまいだと割り切れると思っていたが、そうはならなかった。レノの傷ついた顔を見ると、ガラにもなく罪悪感が湧いてくる。いつもならその顔に加虐心を煽られ、さらに痛めつけようと鋭い牙で噛み付くところだ。しかし、それをしてしまったら、自分だけでなくレノの大切なものもバラバラに壊してしまいそうで、最後の一歩を踏み出せなかった。
「もう戻ります」
ヒロインはパソコンを閉じて立ち上がった。
これ以上、レノと一緒にいてはいけないと思った。今のヒロインは爆発寸前のボムのような状態だ。何かがきっかけで、怒りに任せて自分もろともレノを傷つけかねない。それだけは絶対にしたくなかった。
「謝罪は受け入れなくていい。ただ、少し話をさせてくれ」
この場を離れようとしたヒロインは、レノに真剣な視線を向けられて動けなくなっていた。いつもなら、はぐらかし、茶化し、曖昧に笑って、嫌味の一つでも言うところなのに、レノを前にしては何もできなかった。
ここ数年、誰とも真っ直ぐ向き合わずに他人を突っぱね、嘲ることで自己を保ってきたヒロインにとっては、レノの真っ直ぐ向けられる視線も、嘘偽りのない言葉も恐怖でしかなかった。それらはどこかでヒロインがなくしたものだった。
「ヒロイン、そんな顔しないでくれよ」
ヒロインの強張った顔にレノの手が伸ばされる。レノの指先が頬に触れる寸前、ヒロインは思わず顔を背けた。
「…もう、放っておいて」
「わかったぞ、と」
最後のレノの言葉は、怒りと苛立ちが含まれていた。それはいつも男たちが最後にヒロインに向ける感情と同じもので、皮肉なことに、そのおかげでヒロインは冷静さを取り戻した。
去り行くレノの背中を見送りながら、ヒロインはいつものように口の端を歪めた。歪めたつもりだったが、唇が震えて上手くいかなかった。
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