恋人契約 - 新規 -
ヒロイン
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その場に立ち尽くしていたヒロインの方に男がやってくるのが見えた。
早くこの場を去るべきだったと思ったが、もう遅い。目の前にやってきた男はにやにやと笑いながら、首から下げていたヒロインのIDカードホルダーを手に取っていた。
「都市開発部…あぁ、あんたが噂の」
赤毛の男はご多分に漏れず、ヒロインの頭の天辺から爪先まで値踏みをするように視線を走らせた。
どういう噂なのかは、男の行動を見ていれば聞かなくてもわかった。
ヒロインは不躾な態度の男に不快感を顕にし、男が持っていたIDカードホルダーを無言で奪い返した。
男は手を宙に残したまま、驚いたような表情でこちらを見ていた。
どうせこの男も、ヒロインの態度が気に入らないと罵倒するに決まっている。もう何とでも好きなように罵ればいい。
そんな捨て鉢気味な考えを巡らせていると、男は宙に取り残された手で自分の頭をかいた。
「…悪ぃ」
男から発せられたのは、思っていたのとは真逆の言葉だった。そして、態度について謝罪されたのは初めてのことだった。
ヒロインの中でドロドロと渦巻き、今にも身体のそこかしこから飛び出しそうだった怒りと苛立ちは不思議と収まっていた。
「軽い女って聞いてたからつい、な。不愉快な思いさせて悪かったぞ、と」
「慣れてますから」
だからといって、気分がいいものではない。慣れていても、少しずつ自分の中の何かが削り取られていく感覚は残る。何かがなくなった分だけ、自分が変わっていくような気さえする。事実、以前よりもいろいろなものが歪んでいる実感はあった。
負の感情こそ落ち着いたが、心の内にざらざらとしたものが残っていた。これを綺麗にするには、さっきと同じように男のプライドを傷つけ、笑ってやるのが一番いい。
ヒロインは口元を醜く歪ませ、男を罠にかけてやろうと口を半分開いた。
「なぁ、よかったらオレと付き合ってくれよ」
「は?」
唐突に告白されたヒロインは、口を半開きにした間抜けな表情のまま固まった。
謝罪した直後に付き合ってくれとは、節操も何もあったものではない。バカにしているのかと思ったとき、男が慌てたように付け足した。
「身体目当てとかじゃないぞ、と。あんたは男避け、オレは女避け。そのために付き合ってるフリしようってことだぞ、と。利害は一致してるだろ?」
男はさっきのヒロインと男のやりとりを見ていたらしい。自分と付き合えば、余程のバカじゃない限り男は寄ってこないと自信満々に言っているが、それがそもそも怪しいのだ。自分に声をかける男は、彼氏がいようがいまいが関係なくやってくる。
過去何度も同じ目にあっているヒロインは、男に疑いの目を向けた。
「信じてないって顔だな。タークスのレノ、って言ったら納得するか?」
レノと名乗った男はニヤリと笑った。
その名前はヒロインも知っていた。
泣かせた女は数知れず。毎日連れてる女が違うと噂されている、神羅一の遊び人だ。いわゆる、軽い男。ただし、タークスの肩書は絶大だろう。レノの言っていることは一理あった。
「…確かに私には利がありそうですけど、レノさんにとってはあまり得することないんじゃないですか?」
「そうか?」
「私の噂、知ってますよね?そんな女より自分の方がふさわしいって女性は思いますよ」
レノを心配して言ったのだが、レノはそれを聞いた途端、思い切り吹き出した。その失礼な態度に、ヒロインは再びむっとして顔をしかめた。
「あー悪ぃ悪ぃ。あんた、そんな見た目なのに自分に自信なさすぎだぞ、と」
「え…」
ヒロインの自己評価は『軽い男にふさわしい、その程度の女』だ。自信の有無など考えたこともなかった。
唖然とした表情でいると、レノがまた笑った。今度はバカにするのではなく、少し優しさのある笑みであるように感じた。
「あんたに張り合って寄ってくる女なんて、自信過剰な身の程知らずだけだぞ、と。ということで、オレたち付き合おうぜ、ヒロインちゃん?」
「…レノさんが、それでいいなら。でも、付き合ってるフリだけですよ」
「了解、と。期間は年末までってことで」
その日、ヒロインはレノと連絡先を交換した。
あくまで『付き合っているフリ』なので、連絡先を交換したものの、これから先、連絡することなどないだろう。社内に噂が流れ、男たちが察して寄り付かなくなることを期待し、その夜は久しぶりに心穏やかに眠りにつくことができたのだった。
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早くこの場を去るべきだったと思ったが、もう遅い。目の前にやってきた男はにやにやと笑いながら、首から下げていたヒロインのIDカードホルダーを手に取っていた。
「都市開発部…あぁ、あんたが噂の」
赤毛の男はご多分に漏れず、ヒロインの頭の天辺から爪先まで値踏みをするように視線を走らせた。
どういう噂なのかは、男の行動を見ていれば聞かなくてもわかった。
ヒロインは不躾な態度の男に不快感を顕にし、男が持っていたIDカードホルダーを無言で奪い返した。
男は手を宙に残したまま、驚いたような表情でこちらを見ていた。
どうせこの男も、ヒロインの態度が気に入らないと罵倒するに決まっている。もう何とでも好きなように罵ればいい。
そんな捨て鉢気味な考えを巡らせていると、男は宙に取り残された手で自分の頭をかいた。
「…悪ぃ」
男から発せられたのは、思っていたのとは真逆の言葉だった。そして、態度について謝罪されたのは初めてのことだった。
ヒロインの中でドロドロと渦巻き、今にも身体のそこかしこから飛び出しそうだった怒りと苛立ちは不思議と収まっていた。
「軽い女って聞いてたからつい、な。不愉快な思いさせて悪かったぞ、と」
「慣れてますから」
だからといって、気分がいいものではない。慣れていても、少しずつ自分の中の何かが削り取られていく感覚は残る。何かがなくなった分だけ、自分が変わっていくような気さえする。事実、以前よりもいろいろなものが歪んでいる実感はあった。
負の感情こそ落ち着いたが、心の内にざらざらとしたものが残っていた。これを綺麗にするには、さっきと同じように男のプライドを傷つけ、笑ってやるのが一番いい。
ヒロインは口元を醜く歪ませ、男を罠にかけてやろうと口を半分開いた。
「なぁ、よかったらオレと付き合ってくれよ」
「は?」
唐突に告白されたヒロインは、口を半開きにした間抜けな表情のまま固まった。
謝罪した直後に付き合ってくれとは、節操も何もあったものではない。バカにしているのかと思ったとき、男が慌てたように付け足した。
「身体目当てとかじゃないぞ、と。あんたは男避け、オレは女避け。そのために付き合ってるフリしようってことだぞ、と。利害は一致してるだろ?」
男はさっきのヒロインと男のやりとりを見ていたらしい。自分と付き合えば、余程のバカじゃない限り男は寄ってこないと自信満々に言っているが、それがそもそも怪しいのだ。自分に声をかける男は、彼氏がいようがいまいが関係なくやってくる。
過去何度も同じ目にあっているヒロインは、男に疑いの目を向けた。
「信じてないって顔だな。タークスのレノ、って言ったら納得するか?」
レノと名乗った男はニヤリと笑った。
その名前はヒロインも知っていた。
泣かせた女は数知れず。毎日連れてる女が違うと噂されている、神羅一の遊び人だ。いわゆる、軽い男。ただし、タークスの肩書は絶大だろう。レノの言っていることは一理あった。
「…確かに私には利がありそうですけど、レノさんにとってはあまり得することないんじゃないですか?」
「そうか?」
「私の噂、知ってますよね?そんな女より自分の方がふさわしいって女性は思いますよ」
レノを心配して言ったのだが、レノはそれを聞いた途端、思い切り吹き出した。その失礼な態度に、ヒロインは再びむっとして顔をしかめた。
「あー悪ぃ悪ぃ。あんた、そんな見た目なのに自分に自信なさすぎだぞ、と」
「え…」
ヒロインの自己評価は『軽い男にふさわしい、その程度の女』だ。自信の有無など考えたこともなかった。
唖然とした表情でいると、レノがまた笑った。今度はバカにするのではなく、少し優しさのある笑みであるように感じた。
「あんたに張り合って寄ってくる女なんて、自信過剰な身の程知らずだけだぞ、と。ということで、オレたち付き合おうぜ、ヒロインちゃん?」
「…レノさんが、それでいいなら。でも、付き合ってるフリだけですよ」
「了解、と。期間は年末までってことで」
その日、ヒロインはレノと連絡先を交換した。
あくまで『付き合っているフリ』なので、連絡先を交換したものの、これから先、連絡することなどないだろう。社内に噂が流れ、男たちが察して寄り付かなくなることを期待し、その夜は久しぶりに心穏やかに眠りにつくことができたのだった。
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