会社に着いたヒロインは、一目散に化粧室に向かった。
　鏡に写った憔悴した顔と真っ赤な目、崩れた化粧。
　あまりにひどい有様に、ヒロインは思わず皮肉な笑みを浮かべた。

「一人で盛り上がって、バカみたい…」

　資料室の外では、レノの周りにはいつも人だかりができていた。
　でも、資料室では二人きり。
　だから勘違いしてしまったのだ。レノも自分と同じ気持ちではないかと。

　ヒロインは鏡に写った自分の顔を拳で叩いた。浮かれていた自分への憎しみをぶつけるように。
　鏡に打ち付けた拳からじわりと痛みが広がり、痛みが現実を教える。

「…仕事、しなきゃ」

　思考が仕事に切り替わるように、ヒロインは何度も繰り返し、自分に言い聞かせた。
　少しずつ心が平静な状態に戻っていく。
　目は赤いままだったが、もう涙は出なかった。
　ヒロインは手早く化粧を直すと、真っ赤な目が目立たないようにメガネをかけ、化粧室を出た。



　最悪なことに、昨日キスをしてきた同僚も休日出勤だった。ヒロインは彼と目を合わせないように終始俯いたまま、自席についた。
　幸いなことに、他の同僚も数人いたおかげか、彼がこちらに近づいてくることはなかった。

　午前中の間に資料を作り終えることができたので、午後少し空き時間ができた。
　ヒロインは少し迷ったが、資料室で休憩することにした。

　約1ヶ月ぶりの資料室。本の匂いが懐かしかった。
　興味のある本を手に取ると、いつものように資料室の奥にあるテーブルを陣取った。
　少し前なら、赤毛の男がいたこともあったが、今はヒロイン一人だった。なぜだか落ち着かない。何度も何度も同じ箇所を読んでいることに気づき、ヒロインは溜息をつきながら本を閉じた。
　そして、最初の頃レノがしていたように、ヒロインは机に突っ伏し、目を閉じた。昨晩は眠れなかったこともあり、睡魔に抗うこともできず、ヒロインは眠りに落ちた。



　そのとき見た夢は、とても幸せな夢だった。
　資料室でレノと二人きり。
　ここでは、誰にも邪魔されない。
　しばらく見つめ合った二人は、ゆっくりと顔を近づけ、キスを交わした。
　温かく、柔らかい唇の感触。
　触れるだけの口づけだったが、それはとても幸せな時間だった。

　レノの唇がヒロインから離れると同時に、ヒロインは目を覚ました。
　ヒロインは名残惜しげに唇をなぞった。

「夢…」

　なんて残酷な夢だろう。絶対に叶わないことを見せるのだから。
　また溢れそうになった涙を瞬きと深呼吸で誤魔化した。
　ヒロインは本を元の場所に戻すと、資料室を後にした。



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