やさしい殺人
ヒロイン
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数日後、身元不明の女性の遺体がスラムで見つかった。
ひどい暴行を受けたのか、顔からは身元が特定できなかったが、持ち物から身元が判明した。
遺体は、神羅カンパニー秘書課に在籍しているヒロインという女性だった。
数日前から捜索願が出されていたという。
そんな内容が繰り返しニュースで報道されていた。
神羅カンパニー秘書課の女性。
さすがに神羅カンパニーを疑うような報道はされていなかったが、街ではいろいろな噂が流れていた。
何か会社のよくない情報を掴んで、口封じのために殺された。
実はスラムの風俗街でも働いており、客とのトラブルで殺された。
社長の愛人で、邪魔になって殺された…などなど。
最後のは事実に近いといえば近いが。
何にせよ、犯人の目星はついておらず、神羅も変な噂がこれ以上広まるのは避けたいだろう。
恐らく、この事件は迷宮入りになる。
オレは捜査状況を確認し、ツォンさんに状況を報告した。
あとは上手くやってくれるだろう。
あれから1週間。
報道はあっという間に沈静化し、移り気なマスコミは次の話題に夢中になっていた。
神羅カンパニー社内でも、ヒロインの話を聞くことはなくなった。
秘書課の女友達と話す機会があったので、それとなく探りを入れてみたが、誰ももうヒロインのことなど気にしていなかった。
彼女は、「秘書課は人の入れ替わりが激しいから、いちいちいなくなった人のことを覚えてなどいない」と言った。
こうやって人は忘れられていくのだろう。
これでもう、ヒロインが生きていたことを気にする人はいなくなった。
オレを除いて。
それからさらに1週間後。
約束の時間に待ち合わせ場所に向かうと、オレに気づいた彼女が会釈した。
「よ、元気そうだな、ヒロイン」
「おかげさまで」
そう言って、ヒロインは微笑んだ。
あの日、彼女は「ここから逃げたい」と言った。
一度止められてしまい、死ぬ勇気もない。
かと言って、生きていくのも辛い。
オレは気まぐれで『ヒロイン』を殺した。
彼女に見せかけた死体を用意して、彼女の持ち物を置いておく。
あとは思った以上に思い通りにことが運び、晴れてヒロインは死者になった。
2週間ぶりに会ったヒロインは長かった髪を切り、明るい色に染めていた。
そのおかげか、最後に会ったときよりも表情が晴れ晴れとして見えた。
「その髪、似合ってるぞ、と」
「あ、ありがとうございます…」
ヒロインの頬が少し赤らんだ。
それからしばらく二人で公園を散歩しながら、ヒロインの近況を聞いた。
どうやら、新しい仕事も見つかり、明日が初日らしい。
「今度は死のうなんて考えるんじゃないぞ、と」
オレが意地悪く笑うと、ヒロインは真剣な表情で頷いた。
「死ぬ前に辞めます」
「いい心構えだぞ、と」
ヒロインがにこりと微笑んだ。
きっと、彼女はもう大丈夫だろう
新しい人生を歩んでいける。
オレは足を止めた。
関わるのは、ここまでにした方がいい。
すると、ヒロインが少し遅れて足を止め、振り向いた。
少し悲しそうな表情を浮かべて。
「これでお別れ、ですか?」
「あぁ」
ヒロインの瞳から一筋涙が溢れた。
それを初めて会ったときと同じように拭ってやる。
今は寂しいとしても、そう遠くない未来、ヒロインの中からオレは消えるだろう。
ヒロインのことを大切に思う人が現れて、彼女はきっと幸せになる。
だから、手を離さなければ。
「元気でな」
オレはヒロインに背を向け、来た道を戻る。
「ありがとうございました」
少し涙混じりの声が聞こえて、しばらくして後ろを振り返ると、ヒロインの背が見えた。
だんだんと小さくなっていく。
ヒロインといたのは、長い長い人生のうち、瞬きすれば消えてしまうほどの時間。
ほんの一瞬の交錯は、少しほろ苦い後味だった。
END
2020/08/08
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ひどい暴行を受けたのか、顔からは身元が特定できなかったが、持ち物から身元が判明した。
遺体は、神羅カンパニー秘書課に在籍しているヒロインという女性だった。
数日前から捜索願が出されていたという。
そんな内容が繰り返しニュースで報道されていた。
神羅カンパニー秘書課の女性。
さすがに神羅カンパニーを疑うような報道はされていなかったが、街ではいろいろな噂が流れていた。
何か会社のよくない情報を掴んで、口封じのために殺された。
実はスラムの風俗街でも働いており、客とのトラブルで殺された。
社長の愛人で、邪魔になって殺された…などなど。
最後のは事実に近いといえば近いが。
何にせよ、犯人の目星はついておらず、神羅も変な噂がこれ以上広まるのは避けたいだろう。
恐らく、この事件は迷宮入りになる。
オレは捜査状況を確認し、ツォンさんに状況を報告した。
あとは上手くやってくれるだろう。
あれから1週間。
報道はあっという間に沈静化し、移り気なマスコミは次の話題に夢中になっていた。
神羅カンパニー社内でも、ヒロインの話を聞くことはなくなった。
秘書課の女友達と話す機会があったので、それとなく探りを入れてみたが、誰ももうヒロインのことなど気にしていなかった。
彼女は、「秘書課は人の入れ替わりが激しいから、いちいちいなくなった人のことを覚えてなどいない」と言った。
こうやって人は忘れられていくのだろう。
これでもう、ヒロインが生きていたことを気にする人はいなくなった。
オレを除いて。
それからさらに1週間後。
約束の時間に待ち合わせ場所に向かうと、オレに気づいた彼女が会釈した。
「よ、元気そうだな、ヒロイン」
「おかげさまで」
そう言って、ヒロインは微笑んだ。
あの日、彼女は「ここから逃げたい」と言った。
一度止められてしまい、死ぬ勇気もない。
かと言って、生きていくのも辛い。
オレは気まぐれで『ヒロイン』を殺した。
彼女に見せかけた死体を用意して、彼女の持ち物を置いておく。
あとは思った以上に思い通りにことが運び、晴れてヒロインは死者になった。
2週間ぶりに会ったヒロインは長かった髪を切り、明るい色に染めていた。
そのおかげか、最後に会ったときよりも表情が晴れ晴れとして見えた。
「その髪、似合ってるぞ、と」
「あ、ありがとうございます…」
ヒロインの頬が少し赤らんだ。
それからしばらく二人で公園を散歩しながら、ヒロインの近況を聞いた。
どうやら、新しい仕事も見つかり、明日が初日らしい。
「今度は死のうなんて考えるんじゃないぞ、と」
オレが意地悪く笑うと、ヒロインは真剣な表情で頷いた。
「死ぬ前に辞めます」
「いい心構えだぞ、と」
ヒロインがにこりと微笑んだ。
きっと、彼女はもう大丈夫だろう
新しい人生を歩んでいける。
オレは足を止めた。
関わるのは、ここまでにした方がいい。
すると、ヒロインが少し遅れて足を止め、振り向いた。
少し悲しそうな表情を浮かべて。
「これでお別れ、ですか?」
「あぁ」
ヒロインの瞳から一筋涙が溢れた。
それを初めて会ったときと同じように拭ってやる。
今は寂しいとしても、そう遠くない未来、ヒロインの中からオレは消えるだろう。
ヒロインのことを大切に思う人が現れて、彼女はきっと幸せになる。
だから、手を離さなければ。
「元気でな」
オレはヒロインに背を向け、来た道を戻る。
「ありがとうございました」
少し涙混じりの声が聞こえて、しばらくして後ろを振り返ると、ヒロインの背が見えた。
だんだんと小さくなっていく。
ヒロインといたのは、長い長い人生のうち、瞬きすれば消えてしまうほどの時間。
ほんの一瞬の交錯は、少しほろ苦い後味だった。
END
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