ヒロインは今日もリフレッシュフロアの一人がけの席に座って昼食を取っていた。観葉植物の陰になる最も目立たない席だった。
　食事を終え、習慣となったメッセージアプリの着信履歴を確認していると、携帯の画面に影が落ちた。
　ヒロインは顔を上げ、影の持ち主を見た。もしかしたら、レノが帰ってきたのではないかと思って。
　しかし、そこにいたのは見知らぬ男性だった。
　ヒロインは相手にわからないように小さくため息をつくと、携帯の画面に視線を戻した。

「なんだよ、つれないなぁ。君、ヒロインちゃんだろ？少し話しようよ」

　男性は空いていた隣の席に座ると、ヒロインの顔を覗き込んできた。座っている椅子の背に腕を回され、男性の顔が近づく。ヒロインは反射的に身体を引いて、男性と距離を取った。

「俺、君のこと気になってるんだよね。レノと別れたんだろ？俺と付き合わない？」

　口説くことに慣れた様子の男性に、ヒロインの警戒レベルが上がる。昔もよくこうやって戯れに口説かれることがあった。ほぼ全てが仲間内の罰ゲームの標的にされたものだったが。地味でモテない女性をからかうたちの悪い遊びだ。今回も同じだろうと思い、ヒロインは男性の方を見ずに「結構です」と短く答えた。
　しかし、男性はしつこく食い下がってきた。しかも、スキンシップ付きで。

「そんなこと言わずにさ。ヒロインちゃん、レノと付き合ってから色っぽくなったよね？女性がセックスするときれいになるって本当だったんだ」

　男性の手がヒロインの頬に触れた。1ヶ月前、レノが触れた頬に。

「やめてください！」

　ヒロインは立ち上がり、男性の手を振り払った。

「もう休憩終わりなので、失礼します」

　ヒロインは空いた食器を持つと、早足でその場を後にした。背後で男の舌打ちを聞いたような気がしたが、怖くて振り返れなかった。





　午後は地下のサーバルームに籠もり、ヒロインは作業に没頭した。一人で作業に集中できたこともあり、お昼の嫌な出来事は頭の隅に追いやられていた。
　そして、定時すぎに作業を終えてオフィスに戻ると、既に半分ほどの人が退社していた。トラブルがない日の情報課は平和そのものだ。ヒロインは自席に戻ると、私用の携帯をチェックした。レノから何か連絡が来ていないかと期待して。しかし、携帯のロック画面には何の通知もなく、メッセージアプリを開いてもそれは同じだった。
　ヒロインは小さく溜息をつくと、もう一仕事する前にコーヒーを飲もうと席を立った。

「あれ、まだ残ってたんだ？」

　情報課のオフィスを出たところで声をかけられたヒロインは、身体を強張らせた。昼間の男だ。

「すごい偶然だね。これって運命だったりして。ねえ、仕事何時に終わるの？飲みに行こうよ」

　にやにやとした笑みを浮かべた男がこちらに近づく。
　しつこいと言いかけて、ヒロインは口を噤んだ。声をかけてきた男から少し離れたところに、こちらを見ている数人の男性がいる。定時すぎということもあり、周囲に他に人はいない。刺激すると何をされるかわからない恐怖がヒロインから声を奪った。

「何も脅してるんじゃないんだからさ、そんな顔しないでよ」

（逃げなきゃ…）

　オフィスに戻ろうとしたとき、男の手が伸び、ヒロインの手首を掴んだ。一切の力の加減なく掴まれた手首に痛みが走り、ヒロインは顔をしかめた。

「俺の友達もヒロインちゃんのこと気になるってさ」

　ヒロインは引きずられるように男たちの方に連れて行かれた。



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