「…先輩、そういうのセクハラって、先週の講習で言われませんでした？」

　いつの間に目を覚ましたのか。
　口をへの字に曲げたヒロインがこちらを真っ直ぐに見ていた。少し頬が赤いのは気のせいだろうか。
　レノはヒロインの頬を撫でていた手を引いた。

「俺なら許されるんだぞ、と」

「いや、私がセクハラって思ったらセクハラですし」

　ヒロインがゆっくりと体を起こした。

「で、私の眠りを妨げてまで、何の用ですか？昨日、徹夜でネトゲしてたから眠いんですよ…」

　口元を隠そうともせずにヒロインは大きな欠伸をした。
　勤務時間中に爆睡するのも問題なのでは、と思ったが、あまり人のことを言えないレノは、それを口にはしなかった。
　代わりに『レイン』のことを尋ねることにした。

「お前、女優復帰すんの？」

　ヒロインの顔がみるみる不機嫌になっていく。

「先輩、それ、秘密って言いましたよね？誰かに聞かれたらどうするんですか…てか、復帰なんかするわけないでしょ」

　何を言っているのかと、ヒロインの眉間に皺が寄る。やはり、あの映像の女性は『レイン』ではないようだ。
　レノは近くにあったタブレットを手に取ると、先程流れていた映像をヒロインに見せた。
　みるみるヒロインの顔が驚きに代わり、次に呆れ顔になる。

「え、誰これ…いやいやいや、誰？」

　レノからタブレットを奪い、ヒロインが画面を凝視する。
　最後の『レイン』が少女のように明るく微笑んだシーンで、ヒロインが思い切り体を震わせた。

「うわあああああああああ」

　見ていられないとばかりに、ヒロインは奇声を上げると、レノにタブレットを突き返してきた。
　その顔は今までに見たことないぐらい引きつっている。

「ない、ありえない。なにこれ。先輩、これCGかなんかですよね？いたずらですよね？」

　ヒロインはソファから降りると、レノに詰め寄った。
　あまりのヒロインの取り乱しようが面白く、レノのいたずら心が目を覚ます。むくむくと湧き上がるそれに促されるがまま、レノは意地の悪い表情を浮かべて言った。

「なあ、同じように俺に笑ってくんない？」

　レノはヒロインの頬に手を添えた。
　ヒロインの顔が真っ赤になる。小さく口が開いた。

「できるかああああああ！」

　怒声と同時にレノの顔ど真ん中に向けて放たれた右ストレートが、空を切った。



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