リフレッシュフロアにある大小様々な液晶画面。
　普段、会社の連絡や商品広告が止むことなく流れるそれに映っていたのは、伝説となった一人の女優。
　レノがよく知る女性だった。

『伝説の女優、レイン復活』

　『レイン』が画面にアップで映る。そして、清涼飲料水のペットボトル片手に、見たこともない満面の笑みと明るい表情で可愛らしく笑った。

　ぶっ。

　レノは思わずコーヒーを噴き出した。
　おおよそ彼女には似つかわしくないその表情。

　いつもの彼女は、オフィスのソファに寝転がって間抜けな顔で寝ているか、不機嫌そうな顔で机に向かっているか、闊達に笑っているか。
　もしくは、好戦的な笑みを浮かべて敵陣に走っていく姿しか思いつかない。

　可愛いとは対局にあるその姿。

「誰だよ、あれ…」

　レノはもう一度液晶画面を見た。
　『レイン』が画面の中で微笑む。

　女優なら、いつも見せない顔で笑ってみせるのは朝飯前なのだろうか。
　舞台で見た彼女、以前の任務で間近で見た彼女。

　一度見た女の顔は忘れないはず…なのだが…

　見たことのない顔を見せられ、レノはもやもやしたものを抱えつつ、オフィスへと戻った。





「おーい、ヒロイン」

　オフィスには一見したところ、誰もいなかった。
　レノはソファの方に足を向ける。
　近づくと、小さな寝息が聞こえてきた。
　背もたれから覗き込むと、いつものように無防備に体を投げ出し、気持ちよさそうに眠っているヒロインがいた。
　化粧っ気のないその顔。すらっと引き締まった体。一見すると男性に見えなくもない。

　そんな彼女の前職は女優。
　多くの人を魅了したものの、わずか一月で華やかな舞台から姿を消した『レイン』という名の伝説の女優。

　前に女優はやめたと言っていたが、復帰する決意をしたのだろうか。

「せめて、俺には教えてほしかったぞ、と」

　レノはヒロインの顔にかかる髪をそっと払ってやった。



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