――どうして、私を捨てるの？

お前がその仮面を取ってくれないから。

――だって、仮面を取ってしまったら…

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　半分だけ割れた仮面から覗く横顔は、それまでに見た誰よりも美しかったのを覚えている。

　本当は彼女と見るはずだった舞台。
　直前に喧嘩別れしてしまったためそれは叶わず、仕方なくレノは一人で観劇した。
　内容は恋愛モノで、レノの趣味ではなかったが、主演女優の演技に惹かれた。
　仮面の奥に隠された孤独と悲しみ、狂気と美しさ。それを、無名の女優は見事に演じきっていた。
　その女優の名が――

「レイン…ヒロイン、お前が…？」

　ヒロインは観念したように頷いた。

　女優レインは、一ヶ月の舞台が終わったあと、忽然と姿を消した。
　わずか一月だけの伝説。
　当時、レインの正体や行方について様々な噂が流れ、そのうちの一つ、死亡説が有力として噂は決着していた。

　しかし、まさか、今まで自分の隣にいたのがあの、レイン？

「先輩、その特技、もっと他のことに生かしてくださいよ」

　ヒロインが苦笑した。
　そして、鏡の自分に向き直ると、大きく溜息をついた。

「ああ、確かに、レインの顔だ」

　久しぶりで手元が狂ったと言い、ヒロインは化粧を直し始めた。
　少しずつ、レインの顔が崩れていく。
　それを見ていたレノは、ちくりと胸が痛むのを感じていた。

「何で、女優やめたんだ？」

「…演じることに疲れたんです。舞台に出ていた間に、気づいたら有名になっていて」

　部分的に化粧を落とし、ヒロインがそこに別の顔を描いていく。
　レインとは違う、少し柔らかな女性の顔。

「周りは、仮面の女の『レイン』しか見なくなっていて――」

　ヒロインが化粧筆を置き、レノを見上げ、柔らかく微笑んだ。

「そういうのに疲れちゃったから、やめちゃいました」

　そこにいたのは、ヒロインでもレインでもない別の女。
　どこかの良家の令嬢。

「さて、お仕事に行きましょう、先輩」



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