「どうぞ」



　ヒロインが置いた淹れたてのコーヒー。



　湯気を上げ、自己主張するそれではなく、俺の目はヒロインに釘付けになった。



　何故なら、ヒロインの笑顔に影が落ちていたからだ。



　日陰に咲く花のように、どこか元気がない。



　そうと分からないよう振る舞う姿が健気でもあった。



「何かあったのか？」



　ヒロインが目を丸くした。



　そして、心の内を隠すかのように、胸元のトレイをきつく抱える。



　聞いてはいけないことだったか。



　踏み越えてはならない一線だったのかもしれない。



　俺は後悔した。



　ヒロインとの距離が離れてしまったような気がして。



「悪かったぞ、と。今のは忘れてくれ」



「…私こそ、すみません。お客様にこんな顔見せちゃダメですよね」



　『お客様』



　ヒロインのその一言がずしりと胸を圧迫した。



　落ち着かない様子のヒロインを直視できず、自然と視線は空を彷徨う。



　同時に俺の心も向かう先を見失い始めていた。



　ヒロインにとって、俺は『客』か。



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