夢小説 狗巻棘
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「いつも両手で持って食べるよな」
薄闇のなかポツリと言われて、俺は首を捻った。おにぎりは確かに両手で持って食べることが多いけど、食べ方なんてその時の気分で変わる。「おはは、ごんう、だがな」下に落っこちたら嫌だからしてただけ、と頬張りながら俺は言う。「まあこの体勢じゃな」その人は頭上の長刀を握りしめながら、俺を抱え直した。
式神に飲みこまれてから何時間たったのかは分からない。規則的に収縮を繰り返す食道は、直径5mはあるだろうか。外から見た呪霊はそれほど大きくなかったから、体内が生得領域として機能しているのかもしれない。下では消化液っぽい何かがすっぱい匂いをさせていて、時々ボコリと不穏な音を立てている。長刀を食道壁に刺すことで胃に直行は免れたが、ポリープの足場は1人分の広さギリギリしかない。そのため俺は、ポリープに立つその人の左腕に、腰を据えて体重を任せている状態だ。体勢だけ見れば、幼児が大人に抱かれている風に似ている。俺よりその人の方が体が大きく、力が強い。だから今の状況は仕方のないことだけど。「めんだいご」色々ごめん。俺はこうべを垂れて言った。言いながら、持っていたおにぎりをその人の口に当てる。大きな口は米の端をすこしかじり、気にすんな、とゆるく頭を振った。「私の作戦が悪かったから、仕切り直せて結果オーライ」咀嚼しながら言われた。「隠れ家着いたらまた働いてもらうからさ、今のうちに喉休めとけ」術師が隠れ家に到着後、式神に盗品を吐かせる際に俺たちも一緒に飛び出て、呪詛師グループごとのす予定である。俺は黙って鉄くさいおにぎりを頬張る。「じゃげ、いぐら」んじゃはんぶんこしよ。いたたまれなくて申し出る。「……はんぶんこってお前さあ、」歯切れ悪く、頭を伏せてその人は言った。尻の下の左腕がわずかに震えた。頭上の長刀を握るたくましい右腕に、またも力が込められる。よく見えないけど、腕の筋肉の動きで分かった。「……?」鼻下に位置するその人の頭が小刻みに揺れていた。怪訝に思い、肩に手をついて覗き込む。その人はおかしそうに顔を歪めていた。「なにわろでんねん」ジト目で睨むと、いやなんかさ、と愉快そうに言われる。「コンビニのパピコを思い出した」全然意味が分からない。「おがが、めんだい」「いやいや正気。覚えてねえ? コンビニデビューのパピコよ」「……ふぐろ、ばんぱん?」コンビニデビューという言葉に、なんとなく思い出すものはあった。ジェスチャーで丸をつくって記憶の断片を伝える。濁点混じりの俺の言葉に、その人はそうそう袋パンパンに買ったやつ、と嬉しそうに言った。「お坊っちゃんが初コンビニで何ほしいのかって思ったらさあ、お前、パピコはんぶんこしたい、とか言うんだもん、いじらしいのなんのって」笑いを堪えきれない風で言われた。恥ずかしい。黒歴史だ。無言でおにぎりを頬張っていると、更に笑われるのでむかつく。黙ってほしくて、その人の口に食べかけのおにぎりを無理やり押しこんだ。両手がふさがった状況のなか、口だけで器用におにぎりを食べるのが闇のなかでうっすら見えた。その人はごくんと喉を鳴らして言う。「……リュック持ってこう、もじもじしながら、パピコはんぶんこしひゃいっへ、ふがふが」胸にその人の頭を押し付けて続きを阻止する。目の前の人は上体をそらして俺から逃れた。「あの時代の小4でおそらく一番かわいかった」「おががっ」「怒んなよぉ事実だぜ」「忘れろ!」「はい無効化〜。なあ合唱コンクールは覚えてる?」「んぐぎぎおがが」「ぜってーしゃけじゃん」頬をつまみあげると、いひゃいいひゃいと体を揺らして笑われる。「めんだい、ごんぶマヨッ」お返しとばかりにその人の恥ずかしい過去を晒すと、「いやあ全然記憶にねーな」と涼しい顔をされた。「ごんぶマヨ、いぐらっ」なおも猛攻すれば「あーてか狗巻、耳すませてみろ」その人は顎で肉壁を指す。話そらすなよっ。そう思いながら、俺は言われた通りにする。式神のどくどくとした心臓の音の向こうに、かすかに外の風の音が聞こえた。「車から降りたな」その人はつぶやく。確かにエンジンの音が止んでいた。息を潜めていると、屋内らしき静寂と、それからすこし間を開けて、ガヤガヤとした複数人の声が聞こえた。一気にたたみかけるぜ。その人は音量を落として、耳元でぼそぼそ言う。お前先にぶん投げるから、ファスナー下ろしてベロ出してろ、呪言はまだ温存しとけ、見るだけで多少ひるむから。喉薬は既に使い切っていたので、計画に異論はない。俺は頷き、ファスナーを下ろす。
食道の入り口を2人して見上げ、夜の動物のように静かに狩りの瞬間を待った。しだいに食道壁がびくん、びくんと収縮する。周りの壁に粘液がだらりと滲んだ。今か今かと身構える俺に、パピコからずいぶん遠くまで来たな、とその人はのんきに呟いた。まだ言うか、と呆れる俺を気にすることなく声は続ける。
あの頃からお前のこと大事にしたいと思ってんのに、こんなざまだ、無茶ばっかさせて悪いな。なだらかで、静かな声だった。不意に目元が熱くなる。俺は上を向いたまま、まばたきを増やす。そうしてできるだけ男らしい声をつくり、高菜、と答えた。頼もしいこって。嬉しそうにその人が微笑む。顔は見れなかったけど、きっと笑ってくれていたと思う。そんな声をしていた。
冷たい外気が上から吹き下ろす。体内の生温かい空気が外へ流れ、嵐の前のように強い風が式神の体内を巡った。尻の下の大きな腕に力が込められる。俺は威嚇用に舌を出し、臨戦体勢をとった。舌を丸く回せばズタズタの喉が痛んだけれど、そんなのはもう慣れっこだ。食道口から光が差し込むのを俺たちは2人で見上げる。ああ、本当に遠くまできた。
薄闇のなかポツリと言われて、俺は首を捻った。おにぎりは確かに両手で持って食べることが多いけど、食べ方なんてその時の気分で変わる。「おはは、ごんう、だがな」下に落っこちたら嫌だからしてただけ、と頬張りながら俺は言う。「まあこの体勢じゃな」その人は頭上の長刀を握りしめながら、俺を抱え直した。
式神に飲みこまれてから何時間たったのかは分からない。規則的に収縮を繰り返す食道は、直径5mはあるだろうか。外から見た呪霊はそれほど大きくなかったから、体内が生得領域として機能しているのかもしれない。下では消化液っぽい何かがすっぱい匂いをさせていて、時々ボコリと不穏な音を立てている。長刀を食道壁に刺すことで胃に直行は免れたが、ポリープの足場は1人分の広さギリギリしかない。そのため俺は、ポリープに立つその人の左腕に、腰を据えて体重を任せている状態だ。体勢だけ見れば、幼児が大人に抱かれている風に似ている。俺よりその人の方が体が大きく、力が強い。だから今の状況は仕方のないことだけど。「めんだいご」色々ごめん。俺はこうべを垂れて言った。言いながら、持っていたおにぎりをその人の口に当てる。大きな口は米の端をすこしかじり、気にすんな、とゆるく頭を振った。「私の作戦が悪かったから、仕切り直せて結果オーライ」咀嚼しながら言われた。「隠れ家着いたらまた働いてもらうからさ、今のうちに喉休めとけ」術師が隠れ家に到着後、式神に盗品を吐かせる際に俺たちも一緒に飛び出て、呪詛師グループごとのす予定である。俺は黙って鉄くさいおにぎりを頬張る。「じゃげ、いぐら」んじゃはんぶんこしよ。いたたまれなくて申し出る。「……はんぶんこってお前さあ、」歯切れ悪く、頭を伏せてその人は言った。尻の下の左腕がわずかに震えた。頭上の長刀を握るたくましい右腕に、またも力が込められる。よく見えないけど、腕の筋肉の動きで分かった。「……?」鼻下に位置するその人の頭が小刻みに揺れていた。怪訝に思い、肩に手をついて覗き込む。その人はおかしそうに顔を歪めていた。「なにわろでんねん」ジト目で睨むと、いやなんかさ、と愉快そうに言われる。「コンビニのパピコを思い出した」全然意味が分からない。「おがが、めんだい」「いやいや正気。覚えてねえ? コンビニデビューのパピコよ」「……ふぐろ、ばんぱん?」コンビニデビューという言葉に、なんとなく思い出すものはあった。ジェスチャーで丸をつくって記憶の断片を伝える。濁点混じりの俺の言葉に、その人はそうそう袋パンパンに買ったやつ、と嬉しそうに言った。「お坊っちゃんが初コンビニで何ほしいのかって思ったらさあ、お前、パピコはんぶんこしたい、とか言うんだもん、いじらしいのなんのって」笑いを堪えきれない風で言われた。恥ずかしい。黒歴史だ。無言でおにぎりを頬張っていると、更に笑われるのでむかつく。黙ってほしくて、その人の口に食べかけのおにぎりを無理やり押しこんだ。両手がふさがった状況のなか、口だけで器用におにぎりを食べるのが闇のなかでうっすら見えた。その人はごくんと喉を鳴らして言う。「……リュック持ってこう、もじもじしながら、パピコはんぶんこしひゃいっへ、ふがふが」胸にその人の頭を押し付けて続きを阻止する。目の前の人は上体をそらして俺から逃れた。「あの時代の小4でおそらく一番かわいかった」「おががっ」「怒んなよぉ事実だぜ」「忘れろ!」「はい無効化〜。なあ合唱コンクールは覚えてる?」「んぐぎぎおがが」「ぜってーしゃけじゃん」頬をつまみあげると、いひゃいいひゃいと体を揺らして笑われる。「めんだい、ごんぶマヨッ」お返しとばかりにその人の恥ずかしい過去を晒すと、「いやあ全然記憶にねーな」と涼しい顔をされた。「ごんぶマヨ、いぐらっ」なおも猛攻すれば「あーてか狗巻、耳すませてみろ」その人は顎で肉壁を指す。話そらすなよっ。そう思いながら、俺は言われた通りにする。式神のどくどくとした心臓の音の向こうに、かすかに外の風の音が聞こえた。「車から降りたな」その人はつぶやく。確かにエンジンの音が止んでいた。息を潜めていると、屋内らしき静寂と、それからすこし間を開けて、ガヤガヤとした複数人の声が聞こえた。一気にたたみかけるぜ。その人は音量を落として、耳元でぼそぼそ言う。お前先にぶん投げるから、ファスナー下ろしてベロ出してろ、呪言はまだ温存しとけ、見るだけで多少ひるむから。喉薬は既に使い切っていたので、計画に異論はない。俺は頷き、ファスナーを下ろす。
食道の入り口を2人して見上げ、夜の動物のように静かに狩りの瞬間を待った。しだいに食道壁がびくん、びくんと収縮する。周りの壁に粘液がだらりと滲んだ。今か今かと身構える俺に、パピコからずいぶん遠くまで来たな、とその人はのんきに呟いた。まだ言うか、と呆れる俺を気にすることなく声は続ける。
あの頃からお前のこと大事にしたいと思ってんのに、こんなざまだ、無茶ばっかさせて悪いな。なだらかで、静かな声だった。不意に目元が熱くなる。俺は上を向いたまま、まばたきを増やす。そうしてできるだけ男らしい声をつくり、高菜、と答えた。頼もしいこって。嬉しそうにその人が微笑む。顔は見れなかったけど、きっと笑ってくれていたと思う。そんな声をしていた。
冷たい外気が上から吹き下ろす。体内の生温かい空気が外へ流れ、嵐の前のように強い風が式神の体内を巡った。尻の下の大きな腕に力が込められる。俺は威嚇用に舌を出し、臨戦体勢をとった。舌を丸く回せばズタズタの喉が痛んだけれど、そんなのはもう慣れっこだ。食道口から光が差し込むのを俺たちは2人で見上げる。ああ、本当に遠くまできた。