夢小説 狗巻棘
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人型に近い呪霊ほど強力なものが多い。擬態や寄生型といった例外もあるが、今回の相手はそのどちらにも該当しないだろう。蛇の尾に似た長大な半身を振り回すそいつはやりづらい相手だった。距離を取って戦えば薙ぎ倒された木々の下敷きになり、近づけば腹の中腹から毒液が飛んできた。邪魔な尾は分断してもすぐに再生された。腹より上を狙うしかなかった。とぐろで幾重にもガードされたそこはいかにも怪しく、硬化された皮膚を2人がかりでたたいた。「神話にいるよな、メデューサだったか」粉塵まみれの裸の胸をはたいて上着を被せていると、らみあ、と背後の後輩は言った。「ああ」灰色のまぶたを引き下げ、乾いた目を閉じさせる。「それだ」振り向くと物言いたげな瞳とかち合った。狗巻は尻餅をついたような姿勢で、その手には歪んだ短刀が鈍く光っている。
とぐろの先にひそむそれは人の形をしていた。髪が美しい青色に染められており、行方不明の女子高生のものもそうだった。重要臓器を格納する場所に、遺体のガワを被せているのだと思われた。ひと目で死んでいると分かる様相だった。
ギリシャ神話の怪物に似たその呪霊には、呪言が十全に作用しなかった。本体の耳がどこにあるのかは分からなかったが、蛇同様、単純な聴覚は持ち合わせていなかったのかもしれない。ともかく呪言は決定打にならず、狗巻の判断は早かった。上半身の最悪にひるむよりも先に懐の短刀を構えていた。刃渡りの薄いそれは遺体に必要以上の傷を残さなかっただろう。任務後の遺族への情報開示とそれに伴う配慮、つまりは服で隠れる胸を狙った短刀の軌道。そして何よりタイミング。すべてが悪くなかった。突如響いた着信音がなければ致命的な一打となっただろう。短刀の軌道は逸れ、首元と鎖骨の間を突き刺して止まった。同時に巨体が狗巻に覆い被さる。背後の私の長刀を警戒していると思われたがもう遅い。首に腕を回して短刀を掴み、上体を反らさせ狗巻から引き剥がす。鎖骨を砕いて腹下まで1文字に引き下ろせば右脇腹にゴリゴリとした異物の感触。人間ではありえないそこに5度振り下ろす。狂ったようにしなる尾が地響きを起こした。足元が揺れる。もう5度足す。呪霊は絶命した。
刃こぼれした短刀を渡すよう求めるが狗巻は拒否した。研ぎ直してやるだけだと言ってもかぶりを振られる。「……手出したのは謝らねーよ。仕方ないだろあの状況じゃ」昇級に備えて場数を踏みたいと狗巻は言った。呪言以外でトドメを刺すための武器がほしいと。銃を強く勧めたが彼が選んだのは短刀だ。感触に慣れたい、という旨を短く言葉を切って狗巻は話した。何の感触かとは聞かなかった。語彙の縛りを無視して言葉にしたのだ。ただ呪霊を切る感触、ではないことは確かだった。だからわざと今回の任務に連れ出した。大型の爬虫類でも相手にすれば、選んだ武器を手放すだろうと考えたから。呪霊の上半身を目視した時はしまったと思った。
「悪いこと言わないから銃にしとけ。後衛にはそっちが合ってる」「おがが、めんだいご」「聞き分けがねえ」「しゃげナナシ」「はあ?私のどこが?」「ごんぶ、いぐら、たがな」「そう思ってんの。へーえ。向いてないって言ったら通じるか?」
座りこんでいた狗巻がゆっくりと立ち上がる。向いてない、という言葉に彼は不快げに眉をひそめるが知ったことではない。
「何度でも言ってやるよ。向いてねーんだ、お前は」
トン、と平たい胸を指で押す。紫色が睨みながら、私と同じように私の胸を押した。「しゃげナナシ」そのまま腕を掴まれそうになったので振り払う。触んな汚れんだろうが、という文句は再び鳴り響く電子音でかき消された。特大の舌打ちをかます。「この子の荷物を持ってくる。お前は終わったって連絡しとけ」肩をいからせ狗巻の横を通り過ぎる。背後から憤る唸り声。ついで湿った咳の音。「くそっ」電話を頼んだ自分を呪った。
森林のなかを捜索しながら己の行動を振り返る。狗巻が懐に手を伸ばした時には呪霊の背後に回っていた自分。あくまで彼がしそんじた場合に備えて動いたのだと思いたい。が、しかし本当にそうだろうか。狗巻ではなく他の1年が同じ立場であればどう動いていたのか想像する。きっと1年の背後に立って尾と毒液から彼らを守っていたに違いない。そこが一番合理的だ。なぜ狗巻相手だと同じようにできない?乱れた前髪を汗ごとかきあげる。腕に付着していた血が額に広がる。人間と同じ生臭い匂い。
呪術師を選択する以上、それは遠くない未来に必ず起こる。目の届く範囲であればフォローできるし今回のような呪霊はまれだ。あそこでさせるのが正解だったのだとしたら。3徹目の脳みそは意味のないたらればを延々と続けてしまう。あの時に横槍が入らなければどうしていただろう?私はあいつがトドメを刺すのを黙って見ていられたのか?吐きそうな思考に足取りは重く、女子高生のカバンはいつまでも見つからない。森の奥から鳴り響くメロディが近づいては遠のいていく。耳鳴りのなかで軽やかに響く歌声は聞き覚えのないものだが、ああ、バンドを組んでいたという彼女だ。録音したそれを着信音として登録していたとしても何ら不思議ではない。
名前も知らない、救えなかった女の子。電子機器のなかで永遠を保つ彼女は、こちらを責めるでもなく見透かしたように同じフレーズを繰り返している。ずっときれいでいてください。むりだと分かっているけれど。あなただけはいつまでも、わたしのしってるあなたのままで。ずっときれいでいてください。ずっときれいでいてください。
とぐろの先にひそむそれは人の形をしていた。髪が美しい青色に染められており、行方不明の女子高生のものもそうだった。重要臓器を格納する場所に、遺体のガワを被せているのだと思われた。ひと目で死んでいると分かる様相だった。
ギリシャ神話の怪物に似たその呪霊には、呪言が十全に作用しなかった。本体の耳がどこにあるのかは分からなかったが、蛇同様、単純な聴覚は持ち合わせていなかったのかもしれない。ともかく呪言は決定打にならず、狗巻の判断は早かった。上半身の最悪にひるむよりも先に懐の短刀を構えていた。刃渡りの薄いそれは遺体に必要以上の傷を残さなかっただろう。任務後の遺族への情報開示とそれに伴う配慮、つまりは服で隠れる胸を狙った短刀の軌道。そして何よりタイミング。すべてが悪くなかった。突如響いた着信音がなければ致命的な一打となっただろう。短刀の軌道は逸れ、首元と鎖骨の間を突き刺して止まった。同時に巨体が狗巻に覆い被さる。背後の私の長刀を警戒していると思われたがもう遅い。首に腕を回して短刀を掴み、上体を反らさせ狗巻から引き剥がす。鎖骨を砕いて腹下まで1文字に引き下ろせば右脇腹にゴリゴリとした異物の感触。人間ではありえないそこに5度振り下ろす。狂ったようにしなる尾が地響きを起こした。足元が揺れる。もう5度足す。呪霊は絶命した。
刃こぼれした短刀を渡すよう求めるが狗巻は拒否した。研ぎ直してやるだけだと言ってもかぶりを振られる。「……手出したのは謝らねーよ。仕方ないだろあの状況じゃ」昇級に備えて場数を踏みたいと狗巻は言った。呪言以外でトドメを刺すための武器がほしいと。銃を強く勧めたが彼が選んだのは短刀だ。感触に慣れたい、という旨を短く言葉を切って狗巻は話した。何の感触かとは聞かなかった。語彙の縛りを無視して言葉にしたのだ。ただ呪霊を切る感触、ではないことは確かだった。だからわざと今回の任務に連れ出した。大型の爬虫類でも相手にすれば、選んだ武器を手放すだろうと考えたから。呪霊の上半身を目視した時はしまったと思った。
「悪いこと言わないから銃にしとけ。後衛にはそっちが合ってる」「おがが、めんだいご」「聞き分けがねえ」「しゃげナナシ」「はあ?私のどこが?」「ごんぶ、いぐら、たがな」「そう思ってんの。へーえ。向いてないって言ったら通じるか?」
座りこんでいた狗巻がゆっくりと立ち上がる。向いてない、という言葉に彼は不快げに眉をひそめるが知ったことではない。
「何度でも言ってやるよ。向いてねーんだ、お前は」
トン、と平たい胸を指で押す。紫色が睨みながら、私と同じように私の胸を押した。「しゃげナナシ」そのまま腕を掴まれそうになったので振り払う。触んな汚れんだろうが、という文句は再び鳴り響く電子音でかき消された。特大の舌打ちをかます。「この子の荷物を持ってくる。お前は終わったって連絡しとけ」肩をいからせ狗巻の横を通り過ぎる。背後から憤る唸り声。ついで湿った咳の音。「くそっ」電話を頼んだ自分を呪った。
森林のなかを捜索しながら己の行動を振り返る。狗巻が懐に手を伸ばした時には呪霊の背後に回っていた自分。あくまで彼がしそんじた場合に備えて動いたのだと思いたい。が、しかし本当にそうだろうか。狗巻ではなく他の1年が同じ立場であればどう動いていたのか想像する。きっと1年の背後に立って尾と毒液から彼らを守っていたに違いない。そこが一番合理的だ。なぜ狗巻相手だと同じようにできない?乱れた前髪を汗ごとかきあげる。腕に付着していた血が額に広がる。人間と同じ生臭い匂い。
呪術師を選択する以上、それは遠くない未来に必ず起こる。目の届く範囲であればフォローできるし今回のような呪霊はまれだ。あそこでさせるのが正解だったのだとしたら。3徹目の脳みそは意味のないたらればを延々と続けてしまう。あの時に横槍が入らなければどうしていただろう?私はあいつがトドメを刺すのを黙って見ていられたのか?吐きそうな思考に足取りは重く、女子高生のカバンはいつまでも見つからない。森の奥から鳴り響くメロディが近づいては遠のいていく。耳鳴りのなかで軽やかに響く歌声は聞き覚えのないものだが、ああ、バンドを組んでいたという彼女だ。録音したそれを着信音として登録していたとしても何ら不思議ではない。
名前も知らない、救えなかった女の子。電子機器のなかで永遠を保つ彼女は、こちらを責めるでもなく見透かしたように同じフレーズを繰り返している。ずっときれいでいてください。むりだと分かっているけれど。あなただけはいつまでも、わたしのしってるあなたのままで。ずっときれいでいてください。ずっときれいでいてください。