夢小説 狗巻棘
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
上客の商談相手が色っぽい。黒服で覆われた体は服の上からでも分かるくらい厚くて鍛え抜かれていた。なめらかな言葉を使いながら、上客を厳しい眼差しで牽制する様子ははたから見ても緊張するものだったし、きわめつけには首筋から覗く傷。生来惚れっぽい私はすぐにその人に触れたくなった。普段同性は相手にしないが、こんな人なら是非ともお近づきになりたい。上客が手洗いに立ったタイミングで、向こうで酌をしていた仲間に目配せして部屋を出ていってもらった。照明を落とした和室で2人きり、雰囲気は十分だと思えた。しずしずとその人の横に跪き、減っていない酒を新しいものと交換する。わざとらしく着物の袖口を傾ければ、変わったタトゥーですね、とその人は引っかかってくれた。疲労が滲んだ声すら素敵で、私は嘆息する。内心の色めきを隠しながら、私は小鳥みたいな声で言った。
「墨で書いたものです」
「墨?」
「お座敷遊びですよ」
あることわざを一文字ずつ分解して芸子の体に書き、何のことわざか先に当てた方が勝ちという遊びだ。ルールを説明するとその人は苦笑した。下品ですが人気があって、と私は困り顔をつくる。そして何気ない風を装って続けた。
「お取引に煮詰まった時には、この遊びで勝敗を決める方もいらっしゃいます」
その人は数拍遅れて、そうですか、と言った。何かを考えあぐねているような相槌だった。何か、というのは、自身の牽制をのらりくらりと交わす商談相手のことだったり、いかにして取引を有利に進めるか、という内容に違いなかった。目の前の素敵な人がこれ以上悩むことのないよう、私はその人の肩に身を寄せてヒントをあげる。見上げても視線は合わなかった。けれど縮めた距離が離れることもない。
部屋の隅に置かれた蝋燭がちらちらと揺れている。
その人は感情の読めない顔で、上客のトイレが長くかかっていることを指摘した。
「店の者が後を追いかけたので」
今頃おもてなしを受けているのかもしれません。耳に口を近づけて言った。その人は足を崩してつぶやく。
「大変な仕事だ」
そうして待ちわびた視線が私に注がれた。襟元や、腰、くるぶしに至るまで、全身を刺すような視線だった。業務的な声色に、ええ、と私は肯定を返す。なので、こうやって息抜きをします。
胸元にしなだれかかれば、ひと回り大きな手が私の肩に回った。手はそのまま私の襟口を下げる。耳にやわらかなものが触れて、頭が後ろに引かれた。捕食者に喉元を差し出すような姿勢で、私は目をつむって悦楽に備えた。
「……?」
一向に次が来ないので不審に思って目を開ける。
素敵なその人は私の左肩に視線を落としたまま、大きく目を見開いて固まっていた。あのぅ、と声をかけると、すっすっと私の着物を整えて言う。「まあ、うん、ズルは良くないので」「お互い仕事中だし」「火遊びはなしでいきましょう」バツが悪そうに頭をかきながらその人は微笑んだ。先ほどとは打って変わった緊張感のなさである。困惑する私をよそに、上客がすっきりした顔で戻ってきたので、あれよという間に商談が再開された。先ほどよりも何故か和やかな空気だった。笑い合う2人を悶々としながら私は見つめる。その気にさせといて何なの? ちょっとかっこいいからって調子に乗らないでよね。ふんだ。
「墨で書いたものです」
「墨?」
「お座敷遊びですよ」
あることわざを一文字ずつ分解して芸子の体に書き、何のことわざか先に当てた方が勝ちという遊びだ。ルールを説明するとその人は苦笑した。下品ですが人気があって、と私は困り顔をつくる。そして何気ない風を装って続けた。
「お取引に煮詰まった時には、この遊びで勝敗を決める方もいらっしゃいます」
その人は数拍遅れて、そうですか、と言った。何かを考えあぐねているような相槌だった。何か、というのは、自身の牽制をのらりくらりと交わす商談相手のことだったり、いかにして取引を有利に進めるか、という内容に違いなかった。目の前の素敵な人がこれ以上悩むことのないよう、私はその人の肩に身を寄せてヒントをあげる。見上げても視線は合わなかった。けれど縮めた距離が離れることもない。
部屋の隅に置かれた蝋燭がちらちらと揺れている。
その人は感情の読めない顔で、上客のトイレが長くかかっていることを指摘した。
「店の者が後を追いかけたので」
今頃おもてなしを受けているのかもしれません。耳に口を近づけて言った。その人は足を崩してつぶやく。
「大変な仕事だ」
そうして待ちわびた視線が私に注がれた。襟元や、腰、くるぶしに至るまで、全身を刺すような視線だった。業務的な声色に、ええ、と私は肯定を返す。なので、こうやって息抜きをします。
胸元にしなだれかかれば、ひと回り大きな手が私の肩に回った。手はそのまま私の襟口を下げる。耳にやわらかなものが触れて、頭が後ろに引かれた。捕食者に喉元を差し出すような姿勢で、私は目をつむって悦楽に備えた。
「……?」
一向に次が来ないので不審に思って目を開ける。
素敵なその人は私の左肩に視線を落としたまま、大きく目を見開いて固まっていた。あのぅ、と声をかけると、すっすっと私の着物を整えて言う。「まあ、うん、ズルは良くないので」「お互い仕事中だし」「火遊びはなしでいきましょう」バツが悪そうに頭をかきながらその人は微笑んだ。先ほどとは打って変わった緊張感のなさである。困惑する私をよそに、上客がすっきりした顔で戻ってきたので、あれよという間に商談が再開された。先ほどよりも何故か和やかな空気だった。笑い合う2人を悶々としながら私は見つめる。その気にさせといて何なの? ちょっとかっこいいからって調子に乗らないでよね。ふんだ。