夢小説 狗巻棘
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無効化は良い術式だよ、単純な呪霊相手だとまず負けはない。君に呪力ぶつけても、届いた瞬間にオートで無効化されちゃうからね。低級ならきみに触っただけで自滅するだろう、あいつら呪力の塊だから。けど呪力を他のもので媒介されると話が違ってくる。例えば受肉した上級が君を襲ってきたとする。君に触れた瞬間に、上級がまとう呪力や術式は無効化される。でもその直前までに強化されたスピードや慣性は別だ。君が今、僕のデコピンで吹っ飛んだのもそういう理由。言ってること分かるかな?今日も特訓がんばろうね。
東の空が白んでいる。明るく染め上げられていく青色に、細い雲がすじ状にかかっているのを見て、元担任のことを思い出した。確かデコピンの日も今のようになるまでしごかれていたはずだ、と回らない頭で思い返す。首を横へ傾けると、耳の穴を蜘蛛の細かな体毛がざらりとなぞった。おえーと思うがどうしようもない。死んだ大蜘蛛の上で私は力尽きていた。
今回の祓い対象は巨大化の術式を持つ呪霊だった。到着した時には森全体が原生物で溢れかえっており、私は天を仰いだ。無効化は既に作動された術式を強制解除できるものではない。無効化の範囲を拡張すれば別だが、それをするには上層部への事前申請が必要だ。なおかつ申請後の審査には数ヶ月を要する。つまり拡張するなということだ。良い術式だけど制限が多いのが傷だね、と元担任は笑った。笑いながら投げ飛ばしてくるので恐ろしかった。まあその甲斐あって今日まで日を拝めているわけだけど。
空を眺めるのも飽きたので、最強の真似をして中指を人差し指にひっかけようとしてみる。指の感覚は鈍く、力をこめるとぶるぶると震えた。さらに力をこめると関節に激痛が走る。指だけでなく、首から下は全身このような有様だった。いま呪霊が来たらやべえな、と思うが、それはないだろうとも分かっていた。
目を閉じて休んでいると、遠くから馴染みのダミ声が聞こえた。こっちだぜー、上うえ、と呼びかけると足音が近づいてくる。死骸をよじ登った狗巻は私を見て言葉を失っていたが、フィジギフ使っただけ、と伝えると剣呑な目を和らげた。何秒? と聞かれたので、1分いかないくらい、と返す。狗巻は息を吐き、私の頭上に腰をすえた。股に私を挟むようにして座り、彼は足を伸ばす。股間あったけえ、と呟くと頬をつねられた。
無効化で呪力をゼロにして、即席の天与呪縛を得る。術式拡張ができないなら、と学生時に編み出した苦肉の策だ。先生に言わせると精度は生粋の呪縛者の半分もないらしい。もともと呪力量が少ない私だ、呪力を差し出して得られるギフトなどたかが知れているのだろう。先生の熱血指導(拷問と言い換えてもいい)と、制限時間を設けることで精度はましになったが、制限を超えた時の激しい倦怠感と痛みはどうにもならなかった。強力だが反動がでかい、実用性の低い諸刃の剣。信頼できる術師が近くにいなければ、とても使用することはできない。
両頬をつねっていた指が私の耳に移動し、こびりついていた汚れを拭う。乾いたそれはハリハリと剥がれた。逆さまの狗巻を見上げると私と同じか、それ以上に汚れている。「それ返り血?」「じゃけ」「私のもそうだから、大丈夫だぜ」狗巻は黙って血を拭う作業を続けた。髪の生え際は傷があったらしく、指が触れた時にピリピリと引きつるような痛みがあった。彼は懐からハンカチを取り出してそこを押さえる。傷なんて今更なのに、狗巻の手つきは壊れものを扱うようなそれだ。おいおいと思うがされるがままでいた。疲弊していたのだ。目を閉じて、しばらくそうやって過ごした。
かなたからホトトギスの鳴く声がした。それに呼応してあちらこちらで鳥が鳴き始める。
指は満足したのか、いつのまにか私の髪をすいて撫で始めていた。するするとした指の感触を追う。そのうちに深い眠気に襲われた。
動けるようになるのまだかかりそう、と伝える。穏やかな声はしゃけと言った。まぶたをこじ開けて狗巻を見ると、彼は長いまつ毛を伏せて慈しむような顔をしていた。澄み切った青空のなか、伸びた前髪が日に照らされて銀色に輝いている。汚れていてもうつくしいそいつに、なあ、と声をかける。
「……明日行けないかもしんねえ」
「しゃけ」
「キリン、楽しみにしてたのにごめん」
「おかか」
「ごめんな」
「おかーか」
「埋め合わせするから、また次行こ」
そこまで言ってまぶたをおろす。限界だった。強烈な睡魔のなか、顎下が2回タップされる。無効化を切れという合図だ。気力をふりしぼり、言う通りにする。
痛いの飛んでけ、と耳元で声がした。
全身の痛みが抜け落ちる。
とげくんさいこう、と呟くと、ツナ、とあたたかな手が私を撫でた。目元が何かで覆われ、まぶたの外が暗くなる。花びらに似た柔らかいものが口に触れ、お疲れ、と声が言った。眠りに落ちる寸前、監督への連絡を忘れていたことに気づいたけど、狗巻に伝えられたかは分からない。夢のなかでは予定通り奴と動物園に行った。楽しかった。
東の空が白んでいる。明るく染め上げられていく青色に、細い雲がすじ状にかかっているのを見て、元担任のことを思い出した。確かデコピンの日も今のようになるまでしごかれていたはずだ、と回らない頭で思い返す。首を横へ傾けると、耳の穴を蜘蛛の細かな体毛がざらりとなぞった。おえーと思うがどうしようもない。死んだ大蜘蛛の上で私は力尽きていた。
今回の祓い対象は巨大化の術式を持つ呪霊だった。到着した時には森全体が原生物で溢れかえっており、私は天を仰いだ。無効化は既に作動された術式を強制解除できるものではない。無効化の範囲を拡張すれば別だが、それをするには上層部への事前申請が必要だ。なおかつ申請後の審査には数ヶ月を要する。つまり拡張するなということだ。良い術式だけど制限が多いのが傷だね、と元担任は笑った。笑いながら投げ飛ばしてくるので恐ろしかった。まあその甲斐あって今日まで日を拝めているわけだけど。
空を眺めるのも飽きたので、最強の真似をして中指を人差し指にひっかけようとしてみる。指の感覚は鈍く、力をこめるとぶるぶると震えた。さらに力をこめると関節に激痛が走る。指だけでなく、首から下は全身このような有様だった。いま呪霊が来たらやべえな、と思うが、それはないだろうとも分かっていた。
目を閉じて休んでいると、遠くから馴染みのダミ声が聞こえた。こっちだぜー、上うえ、と呼びかけると足音が近づいてくる。死骸をよじ登った狗巻は私を見て言葉を失っていたが、フィジギフ使っただけ、と伝えると剣呑な目を和らげた。何秒? と聞かれたので、1分いかないくらい、と返す。狗巻は息を吐き、私の頭上に腰をすえた。股に私を挟むようにして座り、彼は足を伸ばす。股間あったけえ、と呟くと頬をつねられた。
無効化で呪力をゼロにして、即席の天与呪縛を得る。術式拡張ができないなら、と学生時に編み出した苦肉の策だ。先生に言わせると精度は生粋の呪縛者の半分もないらしい。もともと呪力量が少ない私だ、呪力を差し出して得られるギフトなどたかが知れているのだろう。先生の熱血指導(拷問と言い換えてもいい)と、制限時間を設けることで精度はましになったが、制限を超えた時の激しい倦怠感と痛みはどうにもならなかった。強力だが反動がでかい、実用性の低い諸刃の剣。信頼できる術師が近くにいなければ、とても使用することはできない。
両頬をつねっていた指が私の耳に移動し、こびりついていた汚れを拭う。乾いたそれはハリハリと剥がれた。逆さまの狗巻を見上げると私と同じか、それ以上に汚れている。「それ返り血?」「じゃけ」「私のもそうだから、大丈夫だぜ」狗巻は黙って血を拭う作業を続けた。髪の生え際は傷があったらしく、指が触れた時にピリピリと引きつるような痛みがあった。彼は懐からハンカチを取り出してそこを押さえる。傷なんて今更なのに、狗巻の手つきは壊れものを扱うようなそれだ。おいおいと思うがされるがままでいた。疲弊していたのだ。目を閉じて、しばらくそうやって過ごした。
かなたからホトトギスの鳴く声がした。それに呼応してあちらこちらで鳥が鳴き始める。
指は満足したのか、いつのまにか私の髪をすいて撫で始めていた。するするとした指の感触を追う。そのうちに深い眠気に襲われた。
動けるようになるのまだかかりそう、と伝える。穏やかな声はしゃけと言った。まぶたをこじ開けて狗巻を見ると、彼は長いまつ毛を伏せて慈しむような顔をしていた。澄み切った青空のなか、伸びた前髪が日に照らされて銀色に輝いている。汚れていてもうつくしいそいつに、なあ、と声をかける。
「……明日行けないかもしんねえ」
「しゃけ」
「キリン、楽しみにしてたのにごめん」
「おかか」
「ごめんな」
「おかーか」
「埋め合わせするから、また次行こ」
そこまで言ってまぶたをおろす。限界だった。強烈な睡魔のなか、顎下が2回タップされる。無効化を切れという合図だ。気力をふりしぼり、言う通りにする。
痛いの飛んでけ、と耳元で声がした。
全身の痛みが抜け落ちる。
とげくんさいこう、と呟くと、ツナ、とあたたかな手が私を撫でた。目元が何かで覆われ、まぶたの外が暗くなる。花びらに似た柔らかいものが口に触れ、お疲れ、と声が言った。眠りに落ちる寸前、監督への連絡を忘れていたことに気づいたけど、狗巻に伝えられたかは分からない。夢のなかでは予定通り奴と動物園に行った。楽しかった。