最上と茂夫

大学の新歓から帰った影山君の様子がおかしかった。何を考えてるか分からないのはいつものことだが、今日はさらに磨きがかかったポーカーフェイスだ。久しぶりに会ったというのに視線もあまり合わせず、肌に触れてもよそよそしく沈黙を保ったままでいる。溜まりかねた言葉が洪水のようにあふれだしたのは、いい女の子がいなかったのかいと最上が静かに語りかけたときだった。あんたはぼくが結婚しても、気にしないと言ったな。きみの思うようにしなさいって。きみの選択を見届けるのが私の望みだからって。一ヶ月ほど前にかわした何気ない会話の一片を茂夫はほじくりかえす。よどみなく流れる声にはわずかに震えが混じっていた。じゃあ反対に、ぼくの望みを言ってやる。ぼくの望みはあんたを成 仏させることだ。何年かかるか分からない。でも、どんな人間でも変われるって思うから。ぜったい、ぜったい、生きてる間に、あんたを成仏させてみせる。これ以上ないってくらい、しあわせにしてみせる。それがぼくの選択だ。見届けたいなら、こんな風にただ思いついたみたいに来るんじゃなくて、ちゃんとぼくと一緒にいろ。もっとぼくといっしょにいろよ。ずっといっしょに、いてください。後半にいくにつれてろれつの回らなくなっていく告白に、受けた人物は「飲み過ぎだな」と鼻で笑う。アルコールで盛り上がってるところ悪いが、今はほかに集中すべきことがあるだろ? ゆるく再開された動きに茂夫は身をよじって抵抗する。が、だんだんとその声には不明瞭な割合が増してくる。またそうやってはぐらかすつもりか、ふざけるな、やめろ、やめ、あ、あ、あっあっあ。小刻みに跳ねる喉元にまぶたを押し付けながら、世界はこれだけでいいのにと最上は心底思う。
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