最上と茂夫

 塾の合宿から帰ると自室の窓辺に最上がもたれていた。茂夫を一瞥して最上は言う。あまり良くない場所に寄ったな。言いながら茂夫の右肩を指差す。指差されたそこには、ほこりのような残滓がこびりついている。小さすぎて害はないので、と少年は言い淀むが、霧散しただけで祓えはしなかったろう、と最上は指摘した。私も昔行ったが、いたずらに散らして終わったよ、ああいった霊の蓄積は時間をかけて薄めていくしかないのだろうな。そう言って茂夫の肩へと手を伸ばす。肩の小さな悪霊は促されるまま、最上の指の甲へ渡った。黒いほこりは最上の人差し指から中指、薬指、小指ときて、また元きた指を戻り、を繰り返した。キミの言う通りだ、と最上は評する。小さすぎて、自分がどれほど危険な場所にいるか分からないのだろうね。そう言い放ち、指の階段を行き来するほこりを見つめた。茂夫はすこし迷ったのちに、あそこにはいつ? と尋ねる。現役時代のことだよ、と最上は曖昧に微笑んだ。ところで合宿はどうだったんだい、と聞かれるので、茂夫は数少ない土産話を紐解く。できるだけ途切れることのないように、軽い話を選んで。かたわらに座す男の表情は常と変わることはないけれど、ほこりを見つめ続ける瞳の、なんと黒々としたことか。底知れない愁いを前に、少年の心はわずかに沈む。超能力でできることは少ない。そんなのとっくに分かってたはずなのに。
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