最上と茂夫
ちょうどこのくらい寒い時期だったか。山でキミの偽物に会ったことがある。以前遠足で山に登ったと話していただろう?同じ山だよ。あそこは裏手に下ると建築中の工場があってな。それ以上作業を進めると現場の人間が体調を崩すらしい、だから建築途中で止まっている。土地が悪いのだろうな。そういった場所は霊にとっては居心地が良い、私からすれば良くできた狩場だ。ときどき覗いて腹ごなしをするのだが、その時は不作でね。食っても足しにすらならん程度の低級しかいなかった。収穫もなく帰ろうとしたときだ。来た道を振り返るとそこにキミがいた。見事だったよ。瓜二つだった。そのうえ何のサービスか裸だった。悪霊が化けただけとは無論分かっている。しかし冬の山だ、見るに忍びなくてね。上着をかけてやろうと思った。けれど肩に触れた瞬間にそいつは弾けてしまったのだ。キミにあまりにも似ていたから、私は無意識に加減を怠ったのだろう。霊素の大半を散らしたことでそいつは気の毒なほど縮んだ。それこそ綿ぼこりほどに。風にふかれたら飛ぶような弱い悪霊だった。この時期になるといつも思い出す。考えてみるとおかしな話だがね。凶暴な霊をいくらでも相手にしてきたのに、こんな簡単なことが不思議と忘れられない。その後?その後は何も。オチも何もないぞ。あの悪霊がどうなったかなんて知る由もない。ほこりを追っても仕方ないからな。あれではろくに自我も残っていやしない。散らばった欠片を集めるにせよ随分前のことだ。今になってなぜ話したのだろうな。こんな風に思うくらいなら、初めから取り込んでおけばよかったものを。ひび割れた声はそこで途切れた。枯れ木のように変じた最上の手を茂夫は包み、はーと息を吐いて擦る。冷えたそれは一向に温まる気配がないが、しないよりマシだと茂夫は考え、最上がいいと言ってもやめない。