最上と茂夫

恨みはありふれた事象だ。裏の仕事の依頼は薄暗い系列から来ることが多いが、それだけではない。あるとき女から依頼があった。女は芸能界で一定のポジションを築いている人物だった。標的について詳しい事情は知らない。初めに渡された写真は身内で撮られたと思しき集合写真で、無理だと断ると自分と標的とのツーショットを撮ってきた。
さて呪術には相性がある。人によって効かないやつもいれば効きすぎるやつもいる。このときは後者だった。まじないの初期の段階で標的はみるみるうちに弱っていった。普通ならここまで進行は早くない、バチが当たったのだろう、と評する最上に、無口な依頼主は短く反論した。遅すぎる、と。百合の骨のように白い腕が着物の裾から伸び、畳に横たわる標的の首をしめる。女はこうべを垂れ、そのまましばらく動かなかった。まじないにプラスして、ことが終わるまで側に控えて万が一に備えているようにとの依頼だった。
女とは共演する番組があったので、依頼後もしばしば顔を合わせた。人を寄せ付けない雰囲気の女だったが、一度だけプライベートな会話をしたことがある。テレビ局のエレベーターで偶然一緒になったときのことだ。女は自分よりひとまわり若く、垢抜けない少女に肩を貸しながら、あら、と最上を見て表情をほころばせた。打ち上げでつぶれた付き人を介抱しに、一度局に戻ってきたのだそうだ。女自身もかなり酔っていると見えた。付き人兼パートナーらしい。おしゃべりな子でね、と女は控えめにのろける。私が眠るまで話をしてくれるのよ、面白い反応なんて返してあげないのに、それでも話すの、しょうのない子でしょう。起こさないよう声をひそめ、垂れたよだれを拭ってやるさまには情があふれていた。痛みを素直に他者にあずけられるようになった女の変化に最上は失望し、その後彼女を避けるようになった。元よりうすい接点はさらに減り、最上が表から姿をくらましたことで縁は完全に無くなる。月日が経ち、ある女優の訃報が最上の元へ届く。ニュースを遠い目で見つめる最上に何を感じたのか、知り合いだったんですか、と寝際になって少年は尋ねた。質問するわりには聞きたくなさそうに背中を向けて。誤解している伴侶を抱き寄せ、最上は声をひそめる。そしてゆっくりと昔話をした。嫉妬ゆえに友になれなかった隣人の話だ。あの日実はうらやましく思った彼女の幸運を、今なら穏やかな気持ちでたたえることができる。己の弱さを自覚している者ほど求めてやまぬそれ。最上だってもう手に入れている。
14/60ページ