最上と茂夫
相談所の依頼で海に行った。有名な観光地らしかったが、夜に行ったのであまり楽しめなかった。そのことを夢の中で最上に話せば、夜の海か、と最上は指を振り上げ、次の瞬間には眼前に暗くさざめく海原が広がっていた。月は出ていたが、厚い雲に隠れてその姿を伺うことはできない。地平線の先に漁港の灯りがぽつぽつと佇んでおり、光源といえばそれだけだった。どうせなら昼の海を出してほしい。いや、そもそも夢じゃなく、実際に行けばいいのか。例のごとく茂夫は外出の提案をする。けれど最上はすげなく却下した。日のある時間は人が多い、好きな女の子でも誘いなさい。最上と行っても周囲からすれば一人に見える自分を案じたのだろう、しかし後半の台詞は余分でしかない。不愉快な気持ちになった茂夫は、それを隠すことなく最上に返す。そんな意地悪言って、ぼくが将来、その子と結婚でもしたらどうすんですか。最上はしばし思案したのち、きみの子供の寝顔でも愛でるさ、と答えた。何気ない声色で発せられたそれにも衝撃を受けたが、なおかつ返答に微妙な時間をかけたという事実が、軽口の類ではないと教えられるようで、茂夫の若い心はさらに沈んだ。冗談のつもりだったのに。黙りこくる様子に、相手を傷つけたことを最上は知る。が、弁解しない。こんなところでいたずらに嘘を吐いてもどうなるのだ、と考えている。生きるきみが選んだことなら、私は自分が耐えられることと耐えられないことの区別をする意味を持たないというのに。いかに言葉を交わし体を重ねたところで、二人を隔てる境界は埋めようがない。沈黙が夜の海を漂う。ごうごうと地鳴りに似た音を轟かせて、波が新たな波に飲まれ、下へ下へと潜ってゆく。果てのない闇の内へと。