最上と茂夫

その日茂夫が体験した夕暮れは見事なものだった。沈みゆく太陽が雲を琥珀色に染め上げ、西の山々は影絵のように黒いシルエットと化して、橙のみずみずしさを引き立てていた。堤防の下を流れる川の水面は空の色を映しとり、ところどころで小魚の影が跳ねる。カナカナと鳴る控えめな音色は夏の終わりを予感させた。もの寂しさを感じるほど美しいこの情景を、同じくもの寂しさを覚えるほど自分が強く想う男とも共有したいと茂夫は考え、次の逢瀬の際、精神世界にて件の景色を再現しようとした。しかし生来器用とは言えない茂夫である。上手くいかない。ここの色はこんな風だったはず、と試行錯誤するうちに、それは失敗した水彩画のような代物となる。あの日目にした鮮明さも哀しさも見受けられない、不恰好なハリボテ。こんなの見せたかったわけじゃないんですよ、本当にきれいだったから、最上さんにも知ってほしくて。でも難しいみたいだ。肩を落とす茂夫に、今度一緒に行けばいいだろうと言葉をかけるのに最上は時間を要した。あらゆることに秀でた男であるが、こと心の交流においては彼も器用とは言えない。茂夫が手がけたハリボテは最上の精神世界において今でも残されている。
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