最上と茂夫

自殺した孫が化けて出るので祓ってほしいとの依頼だった。入水したという現場にくれば、別に死ぬつもりは無かったんだよ、と少女の霊はぼやく。南の島に行く予定だったんだ。商店街のテレビで見てさ。すんげーきれいな色の海で、なんていうの ? 宝石みたいな……そう、エメラルドグリーン。エメラルドグリーンの海。言葉の聞こえる相手ができて嬉しかったのか、興奮した様子で彼女は話した。中心にあるちっちぇ島にはココナツの木がたくさん生えてて、赤だか緑だか、派手な色のオウムが住んでる。でかい虫もいる。平気だよ虫はかわいいもん。植物とオウムと虫の島。人間は誰もいないんだって。むじんとーってやつ。それって最高に自由だよ。我慢なんてしなくていい。許可なく体をいじられることもない。そんな場所でなら、あたしはあたしだけのものになれると思ったから。少女の霊魂は弱々しく、放っておいてもそのうち消えると判断した最上は除霊を完了しないままに報酬を受け取り帰路につく。車内の窓から眺めれば点のように小さな光が ゆっくりと海を渡ってゆく様子が見えた。海峡を越えるだけの霊力を分けてやったのに大した意味はない。他者への同情ができるような心を、その頃の最上は既に失っていた。尊厳を求めた魂は以降どうなったろう。無事に目的地へとたどり着いたのか。最上は何も知らない。知らないくせに長く覚えている。
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