最上と茂夫

最上さんと散歩に出かけた。最近は太陽がやけに元気だけど、日が落ちてからは風が吹きだしてちょうどいい感じになる。夜の空気が濡れた髪に気持ちいい。月も丸くて卵焼きみたいに黄色い。そう伝えたら、最上さんはうすく口の端を上げて(多分ぼくのたとえを変に思ったのだ)、そのまま何も言わないで街並みを眺めてた。古いビルの屋上からは調味市全体を見渡すことができた。赤青白緑、数えきれないくらいの光がぼく達の下に広がっている。車やボイラー、人々の生活の音、虫の鳴き声、遠くからあわく聞こえてくる喧騒。こういうふうに、これからも色んなところに行きましょうね。それらの音に紛れ込ませるように、ずっと言いたかったことを言う。さりげなく言ったつもりだ。でも最上さんならしっかり拾えただろう。景色から視線を外して、多分今、こっちを見てる。顔を隠したくてうつむいた。けど月が明るいから、うつむいてる様子だって丸見えだ。手すりをぎゅっと握る手だって。最上さんの目に自分がどう映ってるのか、ぼくは知らない。キスも、それ以上のこともするくせして、言葉では何も言ってくれないから。ただ、最上さんがあまり会いに来てくれないのは、単に忙しいからってだけじゃないことにはもう気づいてる。自分の魔がぼくやぼくの周りに感染しないようにしてくれてるってことに。生きてるぼくと死んでる最上さんとの時間のずれは大きくなっていくだろう。考え方の違いはぼく達が全然違う存在であることを知らせ続けるだろう。それでも、最上さんのそういうところがのぞくたびに、この人に何かをしてあげたくなる。たまらなくなる。だからぼくの目はがんばって最上さんを見る。視線が合う。最上さんの目がぼくを見ている。恥ずかしかった。月が明るくてきれいで、それが恥ずかしくて嬉しかった。
43/60ページ