最上と茂夫
取り憑いてる人間の体が寝た。もちろん最上は寝ない。霊は眠ることがないから。睡眠が必要ないのは、死んで正解だったなと最上に思わせる霊体の長所の一つだ。しかし憑依先の体はそうもいかない。睡魔に負けた肉体の内側で、最上は時間をもてあます。一旦離れることもできるが、意識が戻って悪あがきをされても面倒だった。しようがないので横になる。腕を枕に目をつむる。精神世界の白い風景にも飽きたから。まぶたの裏にえがくのは、年の離れた恋人についてだ。思考を深く沈ませて、その者に関する記憶をさかのぼる。直近の出来事から、初めて会ったときのことまで。怒る少年におびえる少年、痛みをこらえる少年、孤独につぶされそうな少年、立ち向かってくる少年。思い出というのは良い。美しいものをより美しく見せるうえ、何十年経ってもかたわらに在るのだ。素晴らしいと言わずしてなんと言う。最上はひとり感嘆し、反すうして脳に刻む。永劫をあゆむ自分にとっての唯一のなぐさめを。