最上と茂夫

おはようございます。遠路はるばる、お越しいただきありがとうございます。そして、あなた方にはまず謝らなければなりません。依頼の手紙を出した頃、ちょうど一週間前になりますか。その頃と現在とで、状況が変わってしまって……はっきり申し上げますと、おおむね問題が解決したと思われるのです。ええ、はい。主人に憑いていたものが消えた、そういう意味です。一度、本人と会ってもらえますか。意識が戻ったのがつい昨日のことでして。専門家の方の視点からも、確認していただきたいのです。
どうでしょうか。どこか、今の主人に気になるところはありますでしょうか。まるっきり正常。そうですよね。私から見ても、もとの主人に違いありません。わざわざご足労いただいたのに申し訳がない……。ええそうです。昨日の朝、目が覚めたら以前の主人に戻っていて。部屋の惨状に驚いている様子でした。拘束にも。手紙でお話していたとおり、柱に縛り付けておりましたので。とりあえずほどいてくれと。間の記憶は断片的にしか覚えていないみたいでした。
きっかけというきっかけは思い浮かびません。なにぶん急なものでしたから、わたくしどもも何が何やら。普通に戻ってくれたこと自体は非常に喜ばしいのですが、憑き物がなぜ落ちたのか、理由がまったく分からないぶん、気味が悪く……。
え、何です ? 後ろ ?
あら、あらあら、まあ。いつのまに来たの。ピアノのお稽古は?もう済んだの。じゃあ、ばあやとお庭で遊んできなさい。お母さんはお客様と話をしなくちゃいけないから。用事が済んだら行くからね。それまでいい子で待ってて、シゲルちゃん。
失礼しました。ああいや、わたくしの実の子供というわけではないです。色々な治療を試したんですが、この歳になるまで恵まれなくて。すこし前に親戚夫婦の子を養子に迎えました。内気な子で、ここでの生活にもやっと慣れてきてくれたところなんですよ。そんな矢先に主人があんなことになったものですから。本当に参りました。
……そういえば、おとといシゲルがおかしなことを言ってたんです。三年生になったら、地元の少年団に入るって。こんなに大人しい子がどうしたんだろうって思えば、お父さんにすすめられたって。そんなこと、あるわけがないんですよ。主人を拘束していた部屋は屋敷の奥で、シゲルの部屋からは離していました。何かあったら困りますし。迷いこんで入ったとしても、あんな状態の主人が人と話せるわけがない。話半分で聞いてみれば、筋肉があった方がモテるらしいよって言われたそうで。まあ、小さい子の言うことなので、気にしないでいいんでしょうが。
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